| カコさんリクエスト |
 番外編１ １８回目のキス −Happy Birthday to Mikoto−
４月。 美琴は３年生になった。 入学式から２週間過ぎて、新入生に各部が活動を紹介する勧誘会が開かれた。 各部参加は自由だが、どこも趣向をこらす。部員獲得のためだ。 ３年が中心なので今年は美琴たちの出番。 とはいえ至って地味に真面目にこなすのがいつもなのだが。 異常に目立つことになったのは−。 より刺激的に説明した方がわかりやすいという吉澤の提案で、 滅多にしないくせに解剖の手順を主題にしたのだ。 （女子が退くんじゃないかという心配は、 退いたくらいでちょうどよくなるという意見の元に却下された。） 対象はカエルで。 当然カエルも網籠入りで壇上に持って上がって。（そこでの解剖はさすがにやめたが）、 ユーモラスにカエルの運命を語る吉澤の説明はかなり受けて、 ホッとして退場仕掛けたとき。 吉澤の手にあった籠からカエルが脱走した。 それは何故か、説明書きの模造紙をまとめていた美琴の足元へ跳ねていき。 気づいた美琴は危うくカエルを踏みかけ、よけようとしてつんのめり、 ゴテッ！と壇上で見事に顔面を強打したのだ。 静まり返る場内。 むっくり起きあがった美琴は鼻の頭を真っ赤にして泣き声をあげた。 「いったぁ〜〜い！！」 次の瞬間爆笑の渦。 ハッと気づいた美琴は見る見る真っ赤になって座り込んだままうつむいた。 どうしよう〜。 「柚華。」 声に気づいた。 「大丈夫か？」 羽矢が急いで壇上まで来てくれた。 顧問だからそれもおかしくない。もっとも顔は笑っていたが。 「ほら、立って。」 「は、はい。すいません・・。」 羽矢の登場に、まだ免疫の少ない１年女子が色めき立っていたが、 当の羽矢は美琴が手にしていた模造紙をさっさとまとめて、 まだ笑いが収まらない場内から美琴を連れだしてくれた。 逃げたカエルは吉澤が責任をもってつかまえていた。 「美琴、大丈夫？」 美那子や葛西も声をかける。 「柚華ー、悪い。」 片手で拝みながら、吉澤がカエルを横目で睨む。 「・・うん。しょうがないよ。でも恥ずかしかった〜。」 全校生徒の面前で恥をかいた美琴はすっかり意気消沈していて、 みな慰めるのに苦労した。 その夜、携帯をかけてくれた羽矢には大笑いされたけど。 「ほんと、おまえって飽きないよなぁ。」 「ひっどーい。あたしは痛い思いと恥ずかしい思いをしたのよ。」 「だから助けにいっただろ？」 「うっ・・・そうだけど・・実は面白がってたでしょ？」 「あ、ばれた？」 「目が笑ってたもん。」 「あれは笑うと思わないか？ 自分でも。」 「・・・・そりゃそうかもしれないけど、当の本人に言わないでよね〜。」 そのあとも散々からかわれたのだった。 そんな事件もあったものの、理科実験部は今年も大量の新入部員を迎えた。 大方はもちろん、顧問である羽矢に憧れた１年女子で。（あの事件は逆効果だったらしい） その上何故か、男子部員も１０人を数えた。 部長の葛西は喜んでいた。男子が少なくて肩身の狭い思いをしていたから余計に。 これでなんとか卒業するときも安心できるとは、あまりに気の早い話だったが。 でも。 何故男子が増えたのか、その理由を誰も考えなかった。（いや、吉澤は知っていたが）。 連休明けまで。 ５月の連休明け。 新学年もそろそろ落ち着いてくる。 １年生は周りが見え始めるし、３年生は３年なんだと自覚が出てくる。 青葉が茂るそんな放課後。久しぶりの部活動に、三々五々集まってくる理科実験室。 今日は羽矢も来るだろうからと１年女子が一段ときゃぴきゃぴ騒いでいて、 美琴も美那子も苦笑している。 美琴にすればその辺は複雑なものももちろんあるけど、 相変わらず二人のことは二人だけの秘密で知る人はいない。 結局まだ美那子にも伝えていない。 やっぱり現実に先生と生徒となると、反応が怖くて伝えられない美琴なのだ。 羽矢はあまり気にしてないのはいつものこと。 「まあ、やばいけどさ。俺もお前も別に悪いことしてるわけじゃないだろ。」 「・・・そうだけど。」 だからって吹聴することでもないし、実際ばれると私立だから処分されそうだし。 ともかく卒業までは内緒にしておこうというのが暗黙の了解。 羽矢にすればこれは美琴のためだ。 受験学年の美琴。 年の割に考え方がしっかりしている分、進路についても堅実に夢をもっている彼女。 それを自分のために波風たてるわけにもいかないだろう。 いつまでもは勘弁だが、あと１年くらいならと思っている。 美琴にしてもそれは同じで、依然シークレットな関係の二人だった。 連休も。 美琴と遊びに行こうと思っていた羽矢なのだが、美琴はすでに受験体勢。 連休も講習があるし、その間に珍しく母親が休みがとれたとかで、 突然親子水入らずの旅行が入ってしまって。 この連休はまるっきりあてがはずれた。 聞いたときにはむっつりと機嫌を悪くしたのも無理はないが、 だからって美琴が悪いわけでもないから。 こういうときはつくづく、シークレットな関係を恨みたくなる。 かくして連休の間は逢えずに終わってしまって。 美琴も久しぶりに羽矢の顔が見られると、楽しみにしていたのだった。 やがて羽矢が現れた。 「おまえら、元気にしてたか？」 「先生、久しぶり〜。」 群がる女子達の頭の上から、羽矢はチラッと美琴を確認して目で笑う。 二人だけにわかる合図に、美琴もホッとして微笑んだ。 部活はいつものとおりに進行する。 かたや、実際の活動そっちのけで羽矢にくっついている女子部員達と、 片や熱心に実験をこなす葛西や美琴に１年男子達。 今年入ってきた１年男子は、実験にも熱心に見えて、葛西は嬉しくてしょうがない様子だ。 でも。彼らには別の理由もあったのだ。 それが明らかになったのは部活が終わった直後だった。 器具も片づけ終わった時、美琴は１年男子に囲まれて驚いた。 え？ 何？ 見事に並んだ彼ら。一人が進み出るとリボンのかかった包みを差し出した。 「柚華先輩。これ、俺たちからです。受け取って下さい。」 「え？ あの・・？」 他の３年達ももちろん羽矢も何事かと見る。 「お誕生日おめでとうございます。」 テノールにバリトン、ちょっとボーイソプラノが入り乱れての唱和。 「・・・ええっ？」 美琴はびっくり仰天した。バースデープレゼント？ 「え？ あなたたちみんなから？ あたしに？」 こんなことされた経験のない美琴は、ただうろたえている。 「そっかー、美琴、今日誕生日だね。」美那子が思い出す。 「へえ、そうだったの。」吉澤が驚く。 「で、でもどうしてあなたたちが知ってるの？」まだ驚きが収まらない。 「４月の新入部員紹介の時に、何月生まれって話が出たじゃないですか。あの時。」 ４月末。 新入部員の部活登録がおわった時点で、現部員と顔合わせがあるのは例年のことだ。 いろんな話がとびかうのだが。 たまたま今年は、星座の話から誰が何月生まれという話に移って。 そう言えばあの時、１年の誰かに聞かれた気がする。 「先輩は５月なんですね。何日なんですか？」 あまりにあっさり聞かれたので、ごくあっさりと答えた覚えがあった。 「でも。あの。だからって。」 やっぱりうろたえている美琴に、吉澤が笑った。 「鈍いな〜、柚華。今年なんで１年男子が１０人も入ったと思ってるんだ？」 「へ？」 「こいつらみんな、お前のファンだぜ。」 吉澤の台詞は冗談だと思った。 「やだー。吉澤くんたらからかって。」 そういったものの、１年がまじめな顔で見ているのでさらに焦る。 「そうなのか？」葛西がちょっとショックな顔つき。 「ほら、柚華さ、新入部員の勧誘会でドジったろ。」 「・・・うん。」 「あれでさ、おまえのファンになった１年男子、多いんだってさ。」 「ええ〜？？」 思い出すのも恥ずかしいあんなことでファンができるなんて信じられない。 でも、目の前の１年は至って真面目だ。なんて言えばいいのやら。 吉澤がフォローする。 「まあとにかくさ、せっかくだし。もらってやれば？ 気持ちだから。」 「あ・・・いいのかな？ あの、わざわざありがとう。」 ためらったものの突っ返すのも悪い気がするので、受け取ってお礼をいうことにした。 「みんな一緒に？」 「いや、ほんとは僕が抜け駆けしたかったんですけど。」 代表で渡してくれた１年がサラッと言う。 結構目立つ彼は、桐辻と言う変わった名前で、実は学年でも人気者のはずだが。 「まあ、１年なので控えめに足並みそろえました。ご心配なく。」 押しの強そうなタイプでちょっと退く美琴。 「あ、ありがとう。みんな。」でもやっと微笑んだ。 緊張気味にみえた１年男子も安心したらしかった。 「やった〜。」「よかったなー、」なんてところがかわいいか。 美那子が寄ってきて笑う。 「美琴すごーい、ファン倶楽部じゃん。」 「バカ言わないでよ〜。あんな恥ずかしいことで。」 あわてて否定しながらそらせた視線が、羽矢とぶつかった。 なにか違和感。でも向こうに反らされて。 「ほら、おまえら。もう下校時間。帰った帰った。俺はこのあと、会議が残ってるから。」 そう言って羽矢は全員を実験室から追い出した。もちろん美琴も。 それはいつものことだけど。 視線は戻ることがなく、美琴はとまどったままだった。 何か、怒っちゃったのかな。でもどうして？ 帰って一人夕ご飯を終えたけど、どうも気になってしょうがない。 携帯を取り出すとかけてみた。もう家にもどったかな。 「・・・俺だ。」やっぱり機嫌の悪そうな声。 「琉斗さん？」 「ああ。」 返事はしてくれるけど。 「あの・・・何か、怒ってた？」 「・・・おまえ、わかんないの？」 あ、やっぱり怒ってる。 「えっ・・と？」 ため息が聞こえる。 「お袋さん今いるんだろ？」 「ううん。今日は夜勤。」 「そっか。ならちょっと出てこいよ。迎えに行くから。」 「琉斗さん、どこ？」 「今アパートに着いたところだ。着替えて寄り道したら行く。」 「あ、あたし行こうか？」 「待ってろ。」 宣言されて小さく返事する。「はい。」 なんなのかなぁ。よくわかんない。 しびれを切らせかけた３０分後、再び携帯が鳴った。 「下にいるから。」 あわてて下りると、羽矢の車が闇の中でライトをつけている。 助手席の窓をノックしてから開ける。 「どこか行くの？」 「行っても良かったんだけどな。もっと早くお前が言えば。」 「何を？」 きょとんとした美琴の様子に、羽矢はハンドルの上に伏せてしまう。 「ほんとおまえってさぁ。」 言いかけてチラッと横目で見てからやめた。 「とにかく、俺の部屋まで戻るから。」そう言って発進する。 それほど怒ってる風でもないなぁ。首を傾げる美琴に苦笑しているくらいだから。 見当がつかなくて美琴は困ってる。 「車置いてくるから。先に入ってろ。」 鍵をもらって言われたとおりにする。 羽矢の部屋は相変わらず。塵一つないって程じゃないが、それなりに綺麗。 いい加減なようでちゃんとしてる性格が出てるなと思う。 ベランダに出ると、あの桜はすっかり青葉を茂らせて、重そうに身を風に揺らせてる。 なんとなく思い出してしまう。 カチャッとドアが開く。 戻ってきた羽矢は、手にしていた紙袋をキッチンに置いて美琴を捜した。 ベランダが開いている。 「どした？」 「ううん。桜がね。いつのまにか茂ったなって。」 考えてることがわかってしまう。 「連休に逢えなかったからなー。」 目つきが意地悪になった気がした。 「ごめん〜。だって・・。」 当初はせめて１日くらい一緒に遊ぶはずだったのに、母の珍しい休みで狂った連休予定。 もちろん美琴のせいではないから。 「そっちはまあ、しょうがないけどさ。お前、今日のはなんだよ？」 羽矢はいきなり本題に入った。 「今日のって？」 相変わらずわからない美琴。 「今日が誕生日だなんて、聞いてないぜ。俺は。」 「・・・そうよね。言ってないと思う。」 再び脱力しかけた羽矢は、プイッと部屋に入ってしまった。 「え？ り、琉斗さん？」 あわてて美琴も追いかけた。 キッチンの手前でクルッとふりかえった羽矢に睨まれる。 「あのさ。なんで新入生の男子が知ってて、俺が知らないんだ？」 「だ、だから。琉斗さんには言ってないし、１年生にはたまたま聞かれたから・・。」 「違うだろ。なんで言わねえの？ 普通教えるんじゃないのか？ そういうイベント。」 「そう・・・かな？」 「去年は、神岡とやったんじゃねえの？」 横目で睨んだけど、予想外に首を振る。 「申し込まれたのが連休でそんな時間なかったし。・・・それに。」 「それに？」 「あたし、誕生日って・・・あんまり祝ってほしくなかったから。」 口ごもった美琴。 羽矢の目つきが変わった。 「ほら。あたし・・・生まれたことに自信なかったから。ずっと。」 ああ、そっか。やっと腑に落ちた。 ほんとに、それこそ１年男子があんなことしなければ、夢にも知らなかった美琴の誕生日。 女の子はそういうことが凄く好きそうだし。 自分の誕生日はともかく、美琴の誕生日なら祝ってやりたいと思っているのに。 以前、５月だと聞いた覚えはあったけど、それっきりで。 なんで一言も言わないで、こんなところで１年坊主に先を越されるんだ？ 羽矢にすると怒りとまではいかなくとも、非常に不本意で不機嫌な状態だったのだが。 そうか。 もともと誕生日を祝ってもらうっていう意識が薄いんだな、こいつ。 自分にそのつもりがないから、人にもそれを要求しようなんて思わないんだ。 納得して。でも納得しない。 「今は？」 「え？」 「今はどうなんだ？ 生まれたこと。」 まっすぐ聞かれて赤くなる。 「う・・・ん。嬉しいって思うよ。」 あなたに逢えたから。 「なら、さっさと言えばよかったのに。」文句がやめられない。 「自分でも忘れてたんだもん。」 上目遣いの瞳が可愛いってことは言わない。 「家でもやらないのか？」 「うーん。母の勤務とあたしの誕生日がうまくあうとは限らないし。 あわなかったら一人でしょ。一人じゃお祝いなんてしないし。 もともと母ってそういうの深く気にしないのよね。 そういうところは女性っぽくないっていうか。」 苦笑する美琴。 そういう母とこの娘で今まで誕生日をシカトしてきたのか。 やれやれ。まあ、俺も自分の誕生日なんてどっちでもいいんだけどさ。 ため息をもう一度吐いてから、キッチンに置いてあった紙袋を取る。 「ソファに座って、目つむれ。」 「へ？」 「座って。目を瞑る。早く。」 睨まれるので言われたとおりにソファに座ると目をつむった。 「いいっていうまで目開けるなよ。絶対。」 念押しされてジッと待つ。 聞こえるのはがさがさという紙の音や歩く音。カチッというこれは何かな？ あれ？ 「いいぞ。」 そっと目を開けると、そこにゆらめくろうそくがあった。灯りを消した部屋の中。 声もなく目を丸くする美琴。 小さめのレアチーズのリングケーキ。 その上に所狭しと差してある色とりどりのミニろうそく。 これだけあると結構熱い。 「数えて見ろよ。１８本、あるだろ？」 言われて思わず数える。１，２，３・・・。確かに１８本。美琴の年の数。 「さっさと消す。」 「え？ あたし？」 「おまえに決まってる。願い事しろよ。」 「ええ？ そんな急に。」 「受験生なんだから、合格祈願でいいじゃん。早く。」 ともかく言われたとおりに願おうとして、 でもその瞬間思いついたのは合格祈願じゃなかった。 フーッと吹き消す。美琴じゃとても一度では無理で。 ２度。３度。 やっと全部消えてホッとした途端。 「happy birthday」 真横で聞こえた低い声。顎をとらえられる。 「プレゼント買えなかったから。年の数だけキスしてやるよ。」 「・・・え？」 「バースディ用に。とびきり甘い奴。」 何も言う間もなく。唇が重なる。優しく。甘く。溶けるようなキス。 １・・・２・・・３・・・・・ 数えてなんていられない。 触れて離れて。また触れて。まるで永遠に続くように。 何度も繰り返されるそれに酔う。瞼の奥にチカチカと星が回る気がする。 やっと解放されたとき、ぐったり胸によりかかってしまった美琴に羽矢がクスッと笑った。 「来年はもうちょっとましなプレゼントにしてやるから。」 そんなこと言われても。 「おまえ、ちゃんと数えてたか？」 「・・・無理だよ・・。」 「ばーか。１回足りないぜ。」 「え？」 「１８回目はこれから。」 見上げた瞳は踊っている。めまいを覚えて目を閉じた。 初めて。心から自分の誕生日を嬉しく思ったのは、あなたがいるから。 １８の誕生日の一番のプレゼントは貴方なんだね。 美琴の心のつぶやきは、重なる唇に消えた。 それが１８回目のキス−。 「happy birthday to Mikotoー」 ＜ 18kaimeno-kiss / end >  |
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