 Last-point 春休み −桜のピストル−
３月に入ると、学校はあっという間だ。 卒業式が大半をしめるイベントで、在校生も終業式を待つだけになる。 各部で卒業生へのお別れ会が開かれていた。 ミーハー部員が大半の理科実験部も、お別れ会を開くことにした。 実質は部長と他１名だけのはずだったのに。 当日になってみると退部したミーハー部員たちが、卒業生も在校生も大挙してやってきた。 断るわけにもいかず、実験室は文化祭以来の人数で溢れかえった。 用意したお菓子や飲み物が足りなくておおわらわの葛西や美琴。 「どうしよう。これじゃ全然。」 「記念品だけはそろえといたからいいけどさ、参ったな。」 「自腹で買ってこようか？」 ひそひそ相談してたら後ろから声。 「これ。使って。」 振り返ると唐夏樹。その他元親衛隊の面々。 さしだしたのはペットボトルとお菓子の山だった。 「急に悪いわね。いろいろ世話かけたのに。」 「唐さん・・・いいんですか？」 「うん。ね、先生もくるの？」 「もちろん。今呼んできますね。」 美琴が駆けだした。 葛西はありがたそうにお菓子とペットボトルをうけとって、分け始める。 職員室へとびこんだ。 「羽矢先生？」 「おう。そっか、時間だな。誰が来てるんだ？」 「それが・・そろっちゃって。」 「そろっちゃった？ あいつらもか？」羽矢が眼を丸くする。 「ええ。でも、お菓子とかペットボトルとか差し入れしてくれて。」 「へえええ。最後に３年らしいことしてるじゃん。」 クスッと笑う羽矢。 「よし、行こう。」 並んで歩くのがくすぐったいけど、ここでは先生と生徒だから。 でも見交わす眼が笑う。 三寒四温で春を感じる。 「卒業式、もうじきですね。」 「ん。晴れるといいな。」 「ええ。・・・桜、いつ咲くんだろう。」 「どうかな。俺のアパートの近くにもあるけど、まだつぼみが堅そうだぜ。」 「先生のアパートの近く？」 なぜか美琴が聞き返す。 「ああ。窓から枝が見えるんだ。部分で違うけど、まだかかりそうかな。」 「ふーん。」考え込んだ美琴はでも、すぐ笑顔になった。 実験室に着いた。 「先生！」 あっという間に３年生にとりかこまれる羽矢。美琴は離れてその様子を見ていた。 美那子が寄ってくる。 「やっぱり人気者だよね。」 「うん。」 「やめちゃうのかなぁ。」 「え？ 大丈夫じゃないの？」 「ほんと？ どこで聞いたの？」 つい言ってしまって焦る。 「職員室で、来年の話してたから。」 「そう？ なら嬉しいけどな。顧問がいなくなると困るものね。」 「うん。」 生徒に囲まれて、羽矢の笑顔が柔らかい。 「なんだかんだ言ってもさ。」美那子がつぶやく。 「ん？」 「羽矢先生って、やっぱりいいよね。いろんな意味で。」 「・・・うん。」 こうしてるときはあたしの琉斗さんとは思えない。遠いような、でも嬉しいような。 「美琴？」 「あ、何？」 「あんたもファンになったの？ 羽矢先生の。」 「え？ ええ？ な、なんで？」 「眼がハートに見えたから。」 「ば、バッカじゃないの、美那子ったら！」 大慌てで腕を叩く。 「い、いたいわよ。マジに叩かないでよ〜。」 「変な冗談いうから。」 「おい、ゲームやろうぜ。」吉沢が呼んでいる。 「先生ー、ちょっとはお別れ会らしく。」 葛西も部長らしく仕切っていた。 いろいろあった１年だったけど、こうして理科実験部は３年を無事送り出した。 唐が最後に、皆を代表して言った言葉。 「いろいろご迷惑をおかけしました。 退部したはずのあたし達が来ちゃって、面食らったと思いますけど。 実質な活動何もしてなくて、１，２年には申し訳なかったです。 でも楽しかった。今思うととても楽しかった。 先生のおかげです。ありがとうございました。」 それが彼女たちの今の思いだったのだろう。笑顔がきれいだった。 羽矢はただ微笑んでいた。以前よりずっと優しい瞳で。 卒業式と終業式。 温かな日射しの中、和やかな式だった。 送り出すのはいつも切ない。でも自分は今度３年生なんだから。 しっかりしなきゃ。そう思う美琴。 それから。 胸の中に一つの決心があった。 桜。 その夜、羽矢に携帯をかけた。 「美琴？」 「うん。もう家？」 「ああ。終わっちゃったな。」 「琉斗さん、春休みは忙しいの？」 「まあな。新学期の準備もあるし。当直もあるし。でも全部じゃないから。 ちょっとくらい遊べる。」 「バスケ、行ってるの？」 「ああ。週に２，３日。友達があつまって体育館借りててさ。そこで。」 美琴はまだ一緒に行ったことがない。 同じ市内の高校教師である羽矢が、美琴をつれて歩くのはまずそうだった。 「春休みにさ、こないだ程じゃないけど、小さな大会あるんだって。 出てみようってことになった。」 「もう？」びっくりする。 「俺もな、早すぎるって言ったんだけどさ。 習うより慣れろ、場数踏めって言われたよ。まあ確かにそうだな。」 こういうところは、元選手だったし度胸はあるのだろう。 「それならあたしが見に行っても平気だよね。」 「ん。応援にくるか？」 「行く！ ・・行ってもいい？」 「弁当作ってくれるなら。」羽矢のリクエスト。 「午前中で終わると思うし。ドライブしようぜ。」 「うん。作っていくから。」 「詳しいことはまた連絡する。」 「はい。・・・琉斗さん、桜、咲いた？」 「ん？ いや。今も見えるけど、まだだな。」 「咲いたら一番に教えてくれる？」 「いいけど。なんで？」 「お願い。」 「Ｏ・Ｋ。咲いたらな。」その答えに安心する。 「あたしも春期講習受けるんだ。あさってから。」 「３年だもんな。受験生か。頑張れよ。」 「はーい。」 他愛ない会話がいつまでも続く。そういう穏やかさが嬉しかった。どちらも。 ３月の終わりの土曜日。 羽矢のストバスチームが出る大会。市立体育館へ美琴は応援しに行った。 こないだとちがって、参加チームは１２，３。 全試合やっても午前中に終わる、ホント小さな大会。 遠目に見える羽矢は、初めての試合にかなり緊張していた。 でもコートにホイッスルが響くと、あとは水を得た魚。 楽しそうで楽しそうで。 美琴は嬉しかった。バスケット。楽しくやれてるんだ。 半年近く前、学校の体育館でみかけたあの、辛そうなシュートとは別人だった。 「がんばれ〜！」美琴が叫ぶ。 まだ慣れないから、試合は２つしか勝てなかったけど。上出来だった。 「どうだ？」手科が聞く。 「まだまだ、クセが抜けないな〜。でもおもしろかった。」 「だろ。病みつきなるんだよ、これが。」満面の笑み。 「でもやっぱり勘いいよ、おまえは。期待してるぜ。」 「サンキュ。」 他のメンバーともバシッと手をたたき合って。 ああ、こういう感覚が欲しかったんだな、俺は。 そう思った。 皆と別れて、待ち合わせた場所へ急ぐ。 美琴は、体育館横手にある噴水で待っていた。 「美琴？」 顔を上げて手をふる。 「おもしろかったか？」 「うん。琉斗さんは？」 「・・・楽しかった。」 短い言葉に万感の思いがこもっていた。見上げる美琴の眼が潤む。 「なんだよ、何で泣いてるの、おまえ。」 「え？ ・・泣いてないよ。ちょっと眼にゴミ。車あっちでしょ。行こう。」 ごまかして歩き出す。空をみあげて目をこすって。 笑って追いつくと、その頭を抱えこむ。 「バーカ。・・・ほんと、しょうがないな。」 「泣いてないって。」 「わかったよ。」 そう言いながら髪をクシャっとなでた。 車で郊外へドライブした。 日当たりのいい野原で座り込んでお昼にする。 美琴は家事全般慣れているので、お弁当もきっちり作る。 「これうまいわ。なに？」 「角煮。ゆうべ仕込んで置いたの。鍋で煮るだけだから。」 「卵焼きが見事だね。料理学校みたい。」 「慣れなのよ、これは。昔からやってるんだもん。」 お腹いっぱいに食べて、羽矢は寝転がった。 「牛になるってよ。」 美琴がからかう。 「迷信だろ。今は逆に、食べたら休んだ方がいいってさ。体には。」 気持ちいい。 思いっきり体を動かして。おなかいっぱい食べて。極楽だな。 必然的に眠くなった羽矢は、何の抵抗もなくストンと眠ってしまった。 「あれ？ 琉斗さん？」 のぞきこんだ美琴は苦笑する。 「子どもみたいだね。可愛い。」 楽しそうだったなあ、バスケやってる姿。嬉しかった。泣けるくらい。 あたしって泣き虫だよね。 羽矢の横に転がって、美琴も眠くなってきた。 慣れているとはいえ、やっぱり早起きしてリキが入った弁当作りだったから。 ちょっと一緒に眠ろう。 風がそよいでいく。 ポツっと顔になにかあたった。 美琴は眼を覚ます。 あれ、ここは・・・やだ。寝ちゃったんだっけ。でもなんか暗い。 あわてて時計を見ると、まだ４時前なのに。 空が真っ暗。見上げるそばから降り出す雨。夕立？ 「琉斗さん！ 起きて！ 雨だよ！」 「ん・・・ん？ 俺寝てた・・うわっ！ まずい。美琴、車！」 言ってるうちにすでに土砂降り。 空のお弁当箱をつかんで、２人は車に走った。 ようやく車中に入ったけど、すでにびしょぬれ。 「うわ〜、参ったな。おまえ、気がつかなかったの？」 「あたしも寝ちゃったんだもん。起きたら降り出してたのよ。」 「そっか。」笑い出す２人。 外は叩きつけるような雨。 正面のウィンドーを雨粒がすごい勢いでなだれ落ちていく。 なんだか遮断された別世界にいるような気分。車の中は静かだ。 「なんか・・どこにいるのか、わからなくなりそうだね。」 流れ落ちる雨を見ながら、つぶやく美琴。 そこでふいにくしゃみが出た。 「っしゅん。」 「寒いか？」羽矢が気にする。 春とはいえ、雨は冷たい。びしょぬれだから体が冷える。 「いっぺん俺のとこに戻るか。」 エンジンをかけた。 羽矢のアパートに戻ってもまだ、雨は降り続いていた。 Ｔシャツとセーターを出してきて、美琴もろとも風呂場へ押しこむ。 「襲わないから、風邪ひかないようにシャワー浴びろ。」 「は・・い。」 恥ずかしそうにして、美琴は素直にしたがった。 羽矢はその間に着替えて、タオルでとりあえず頭を拭く。 ベランダからのぞくと小降りになった雨の中。 桜が枝をのばして、雨に耐えている。 そのつぼみの一つが、気づくと一輪開いていた。 「あれ、咲いたんだ。」 あの土砂降りでも落ちなかったのか。美琴が気にしてたっけ。フッと笑う。 そこにドアの音。美琴が顔だけのぞかせる。 「どした？」 「うん。なんか・・・恥ずかしい。」 もじもじしながら出てきた姿に黙る。 Ｔシャツの上からセーターをかぶって来たのだが、羽矢のセーターは美琴だと、 ミニスカートくらいの長さになってしまう。 裾からのぞく白い足が扇情的で、思わず目をそらした。まずかったかな。 「おまえさ、コーヒー入れといてよ。俺もシャワー浴びるから。」 あわてて風呂場に直行する。 美琴は見送ってから、キッチンで用意をはじめた。 勝手はもうわかっている。 シャワーで少し頭を冷やして。 ちょっと落ち着いた気分で羽矢は風呂場から出た。 すでにコーヒーの香りがしている。 カウンターに羽矢のカップ。 美琴はとみると、もう一つのカップを抱えるようにしてソファに丸くなっている。 まるで猫みたいだな。その考えに笑ってしまう。 「暖まったか？」 「うん。大丈夫。」 羽矢もカップをとって、美琴の向かいに座る。 「雨、止んだのかな。」 「さっきはまだ降ってたぜ。」 「あんなに降っちゃ、桜、咲かないうちに散っちゃうね。」 「咲いてるぞ。」 「え？」 美琴が何故か、とびあがった。 「ほんと？ どこに？」 「ベランダに出てみろよ。一輪咲いてた。さっきみたら。」 そのままの格好でベランダに出ていく美琴。 羽矢のアパートの、道路をはさんで向かい側にその桜は立っていて。 かなりの高さ・大きさで、枝葉を広げている。 ３階の羽矢の部屋からはちょうど、枝が正面から見える形で。 美琴が食い入るように捜していると、やっぱり出てきた羽矢がすっと指さした。 「あそこ。」 まだほとんどがつぼみなのに、えらく先走ったのか、早く咲きたかったのか、 その花は一輪だけそこで、ちいさな花びらを開いていた。 美琴の眼が見開く。じっと見つめて。 それからほっと息を吐いた。 「咲いた・・・んだ。」 「ああ。まだ一輪だけどな。」 「ううん。一輪待ってたの。」 「・・・なんでさ？」 羽矢が不思議そうにのぞき込む。美琴はその一輪を見ながらつぶやく。 「ピストルのかわり。」 「ピストル？ なんだそれ。」 わけのわからない言葉。 「よーい、ドンって鳴らすでしょ。あのピストル。」 やっぱりわからない。 「おまえ、何の話？」 美琴は羽矢を見上げて黙って笑った。それからまた見つめた。 桜のピストルを。 「晩飯、食べていくか？」 「うん。作ろうか？」 「いいよ。弁当も作らせたし。」 羽矢はピザを取ってくれた。ビールとジュース。 「おまえ、全然飲まない？」 「飲めない。未成年だもん。」 「俺の頃で飲む奴は結構飲んでたぜ。」 「そう？ 女の子も？」 「んー。女の子はどうだったかな。」 「お母さんが時々、飲んでみろっていうけど、おいしくないもん。」 「まだまだ子どもだね〜。」クスクス笑われてむくれる。 「しょうがないでしょ。」 「悪いとは言ってねえよ。」 口をとがらせながら髪をかき上げる仕草は、でも子どもにみえない。 羽矢の貸してやったセーターは当たり前だけど大きすぎて、えりぐりから鎖骨がのぞく。 座ると余計にその白い足も見える。 ほんと、拷問だよな。自業自得なんだけど。 なるべく目をそらせて、ビールも押さえ気味に飲む。 理性がいる。 でもさっさと帰すのも嫌で。この辺のバランスに苦慮しているのだ。 出来るだけ近くに置いておきたい。それが本音だから。 食べた後を片づけていた羽矢。 気づくと美琴が部屋に見えない。あれ。ベランダ？ のぞくと携帯をかけていた様子。 「美琴？ ぼちぼち送ろうか？ 服乾いたかな。」 声をかけてから、干してある美琴の服を見に行こうとする。 ベランダからリビングに戻ってきた美琴が、羽矢を呼んだ。 「琉斗さん？」 「ん？ まだ湿ってるけど、まあ着られなくもないか。」 「琉斗さん。」 「ほら・・・何？」 「あのね。ここにいてもいい？」 「は？」 「今夜、ここにいてもいい？」 「美琴？」 「・・・いい？」 羽矢の頭が混乱する。これはどういう。 「おまえね、こないだ懲りたろ。休みだからって危ないことはしないの。」 「そうじゃ。」 「結構俺は今でも危ないんだから。わかってないだろ。」 「そうじゃなくて。」 「じゃなんだよ。」 すっかり困った顔になる美琴。なんて言えばいいの？ 「桜がピストルなの。」 「へ？」 「桜が咲いたら、その日にしようって決めてたの。だから。」 「その日って・・・あ？」 羽矢がようやくその意味を理解する。 「美琴・・。」 「だから。咲いたから。今夜いてもいい？」 顔を赤くして言葉につまりながら、美琴は立っている。 「・・・本気か？」 うなづく。 「今日、母さん夜勤で。留守電には友達のところって入れてある。」 「だってさ。・・・なんで急に。」 「急じゃないの。」首をふる美琴。 「こないだ。琉斗さんがあたしに、誇りも持ってろって言ってくれた時に。 あたし、あなたに誇りと一緒に自信ももらったの。 ここにこうして生きてていいんだって。だから。」 美琴が言葉を捜す。 「もう不安はないから。大丈夫って思えるから。・・・一緒にいたいから。 でも、自分でもどう踏ん切りつければいいのかよくわからなくて。 たまたまあなたのアパートから桜が見えるって聞いたから。 桜をピストルに決めたの。咲いたら、言おうって。」 そう言ってから口ごもって上目遣いになる。 「・・・琉斗さんが嫌じゃなければだけど。」 ばっかじゃねえかな、こいつは。 思いっきりそう思って苦笑して。羽矢は美琴に歩み寄ってのぞきこんだ。 「途中でやっぱりやめっての、なしだぜ？」 うなづく美琴。 「怖くて逃げるってのもなしだぜ？」 「は・・い。」 「俺はすでにギリギリでさ、ピストル鳴っちゃうと突っ走っちゃうから。 だからもっぺん聞くぞ。・・・ほんとにいいのか？」 美琴は羽矢を見上ると、もう一度頷いた。はっきり。 次の瞬間には抱きしめられていて。すっぽりと腕の中に囚われの身。 「あ。あ。でもね。」あわてる美琴。 「だーめ。もう聞かない。」 「琉斗さんってば。でもね。」 「なんだよ。」 「・・・避妊はちゃんとしてね。」 小さく小さく美琴は言葉を押し出した。 それはいろいろな感情を含んでいる。特に美琴にとっては。 羽矢はその額に額をつけて約束した。 「わかってる。」 美琴がやっと微笑む。羽矢の胸がいとおしさに痛む。 もう一度折れるほど抱きしめて。 唇を重ねた。 いつものキス。いつもより深いキス。かなり深いキス。深海のキス。 そして、深海を探りに来る舌。 歯裏をなぞり、舌にからみつき、その奥にまでさぐってくる。 初めての深さに息が荒くなる。塞がれた唇からも漏れる声。 「・・・んっ・・ん・・」 抱きしめている腕がその背中を、腰を、さすっていく。辿っていく。 息苦しくなって逃げようとする唇を、執拗に追いかけてくるのも唇で。 「・・はっ・・・ん。・・」 漏れた声に自分で驚いて。 やっと唇を離すと、羽矢は美琴をひょいと横抱きにした。 「えっ・・」 「やっぱり最初はベッドだろ？」 ニヤッと笑うからまた赤くなってしまう。 羽矢の部屋で、羽矢のベッドに下ろされて。 なんだか恥ずかしくて身の置き所がない気がする。今さら？ そんな美琴の額に軽くくちづけて、そのまま抱きしめる。 「逃がさねえぜ？」 横たえられるシーツの上。 その唇をまた塞ぎながら、羽矢の指は美琴の胸に触れる。 一瞬背中を反らせる美琴。包みこむような羽矢の掌はとてつもなく大きく思える。 羽矢にすれば、美琴の胸はあまりにも柔らかくて潰してしまいそうで。 でもそれは揉みしだくと、やがて固く主張しはじめる。 それと共に美琴の口から、耐えられぬように声が漏れはじめる。 「んっ・・あぁっ！・・」 その声が羽矢を煽る。 「・・・脱がすぞ・・・」 「・・・・あんっ・・？」 セーターもろとも下のＴシャツまで脱がすと、 夜目にうかぶ美琴の白い膨らみ。すでにピンと立ち上がった頂きは桜色。 羞恥で顔を隠そうとする腕を、羽矢がとらえて押さえつける。 首筋に這いはじめる唇。舌が頂きをふくんで転がす。 それに耐えられず挙がる声。 「あっ・・やっ・・あぁっ・・」 初めての刺激は、どんな想像よりもめくるめくもので。 美琴は、自分がわからなくなっていく。 体の奥に生まれてくる知らなかった衝動。 閉じた目の中を火花のように走る感覚。 体中を羽矢の指と唇がまさぐり伝い、全てを見られてしまう羞恥。 なのに次第に増していく感度。 逃げられない？ そうじゃない。心が求める行為。 それらは全身を支配していく。羽矢の姿で。 羽矢はと言えば、始めはおそるおそるで。 待ち望んでいても、急に目の前に現れたそれはあまりにも無垢で。 一瞬ためらいすら覚える。誰もふれていない雪野原を踏み荒らすような。 だがすぐに眼を覚ます欲望。 抑えていたそれは、歯止めがなくなったことにやっと気づいて走り出す。 うなじに。肩に。胸に。無数に落とすキス。 全部知りたい。全部欲しい。 飢えるほどの欲望は、美琴のあらゆる部分に触れ、探り、求めていく。 まだ誰も知らない美琴の中に羽矢が押し入る。 苦痛は美琴の体を無意識にせり上がらせるけど、羽矢の腕は決して逃がそうとはしない。 「っっっ・・・！」 固く閉じた美琴の目尻から伝う涙を、吸い取る唇。 やがて重なり合うと一緒に、初めての場所へとたどり着く。 その瞬間。ただ相手にしがみついて。抱きしめて。 誰かの叫び声を聞いた気がした。でもそれは自分の声だった。 音のない爆発のように、桜が咲いていく。次から次へと。 その花びらが開く音が聞こえる。 そう思った。 羽矢の腕の中で。 翌朝。目を開けた羽矢。 俺の部屋だよな。・・あれ、美琴。 腕の中で眠っていたはずの美琴がいない。 不安になって起きあがると、リビングをのぞいて見つけた彼女。 セーター姿でベランダをのぞくように立っている。 そのほっそりしたラインに胸がさわぐ。昨日・・・ほんとに抱きしめたっけ？ 夢だった気にすらなる。 「美琴」 呼ばれて振り返った美琴は、照れたように笑う。 「おはよう。」 その笑顔が証文。夢じゃなかった。 「どした？」 「ううん。目が覚めちゃったの。今日は暖かいよ。いいお天気。」 ゆっくり近づいてそばに立つ。 驚いたことに、昨日一輪しか咲いてなかった桜の枝に、いくつもの花がほころんでいた。 「・・・桜、一斉だな。」 「うん。あたし開く音を聞いたよ。あの一輪がやっぱりピストルだったね。」 その言葉が夕べを思い出させて、クスッと笑う。 美琴は気づいて、恥ずかしそうにうつむく。 抱きしめる。ギュッと。 「大丈夫だったか？」その耳に囁く。 「ん・・。」赤い顔で頷いた。 「ホッとしたぜ、解禁で。フライングしないうちに。」 「やだ。」顔を埋めてしまう。 しばらく黙ったまま揺れている２人。 「そうだ。」 腕を解いて、羽矢が寝室にひっこむ。美琴はまだ桜を見ている。 ふいに首筋に冷たさを感じた。金属の感触？ 「あ。これ。」 羽矢が後ろからかけているのは、クリスマスの金の鎖。 あの日美琴が置いていって。羽矢が持っていたのだ。 「もう置いてっちゃ駄目だぜ。」 そう言って金具を止める。 「俺に繋いだからな。おまえは。」 「えー？ そうなの？」 「そうなの。」 そう言ってまた抱きしめた。そっと身を持たせる。 「ずっと一緒に行けるかな。」 つぶやくような美琴の問い。 わからない。まだ見えない未来。でも。 羽矢は耳元に顔を埋めるようにして囁いた。 「放さない。」 それは約束。 美琴はにっこり微笑んだ。 その日、あちこちの桜はそろって咲き出した。春を告げて。 でも、最初のピストルを知っているのは２人だけだった。 桜のピストル。 ここからまたはじまる２人に、桜が一斉に鳴らしていた。 新しいスタートを。 < "futari no kiseki" end >  |
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