軌跡番外編７　「最後の文化祭」　後編

　　番外編７　　最後の文化祭　－望みは同じ－　後編

すっかり陽は落ちた。
例年のごとく４時で終了した展示と催し。
生徒達は大急ぎでそれぞれの持ち場の片づけを行い、それも大方終了して。
今は時を待っていた。
文化祭の最後を締めくくる、キャンプファイヤーが点火されるのを。

桐辻は片づけをすませてから、そこら中美琴を捜して歩いた。
いる。絶対いる。そう思っていた。どこだ？
３年の美琴のクラス、たこ焼き屋をやっていた所も除いたのだが、
そこにいた美那子に言われた。
「美琴？　終わる直前に来てくれたけど今日は当番じゃないから。
　どこ行ったのかな。」
薄暗くなると人の顔も見分けが難しい。
いない。
先輩ー。

「桐辻くん。」
不意に呼ばれて振り返った。先輩？　いや。
沖　鳴見－。
「・・・君か。」
「ご挨拶ね。・・・・美琴先輩捜してるの？」
「見たのか？」
桐辻の問いに、鳴見の眼が揺れた。

その少し前。
片づけの終わった理科実験室に忘れ物を取りに戻った鳴見は、
校舎内を見回る羽矢とすれ違った。
「沖、まだいたのか？　もう始まるぞ。」
「はい。・・・先生は？」
「俺は見回り。実験室で最後。急げよ。」
見送ったあとトイレによった。手を洗っていたら足音が聞こえて。
あれ？　先生？
ひょいっとみたら、美琴の後ろ姿だったのだ。
あ。

夏休み。鳴見は見た。
一つ傘の下、歩いていく美琴と羽矢。
すれちがってから気づいたのだが、確かにあの二人だった。
やっぱり？

後ろ姿の美琴は扉の開いている実験室に消えた。
そこで何故、確かめに行かなかったのかはわからない。
何故だったんだろう。

「・・・ううん。あたしは差し入れしてくれた時に見ただけ。ね、もう始まるよ。」
「だから焦ってんだ。」
「・・・・先輩じゃなきゃ駄目？」
「は？」
「あたし、桐辻くんと踊りたい。」
唐突な言葉に、目を丸くする桐辻。
「あたしと踊ってくれない？」

『お待たせしましたっ。
　これより、文化祭最後を締めくくりますキャンプファイヤーを開始します。
　点火、カウントダウンです。皆さんご一緒に。開始っ！』
『１０・９・・・・・』

マイクの大きな音量とそれに和する周りのカウントダウンを背に。
桐辻は黙っている。
「・・・駄目？」
鳴見の眼がちょっと翳っていた。

『・・２・・・・１・・・・０。　点火っ！』
うわーっという歓声と共に。大きな炎が燃え上がった。
『さあ、パートナーを見つけた方は踊りの輪に加わって下さいっ！』

その声に振り返った桐辻に、鳴見は言葉を無理に押し出す。
「・・・別につきあってくれなんて言ってないよ。一緒に・・・踊って欲しいだけ。」
そう言った自分の言葉でちょっとわかった。
あの時教室をのぞかなかったのは。
多分先輩も、好きな人と一緒にいたいだけだとわかっていたから。
桐辻の心を浚われているのは悔しいのに。

桐辻はもういちど人波を見回した。
美琴の姿は見えない。僕には見つけられないんだろうか。どうしても。
いや、諦めない。諦めないけど。・・・今は。
桐辻は鳴見に振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「・・・踊ろうか。」
うつむいていた鳴見が顔をあげて、パッと笑顔になった。
「ありがとう。」
そう今は。それもありかもしれない。キャンプファイヤーの夜だから。
一人は。寂しいから。

燃え上がった炎を、羽矢は見下ろしていた。
理科実験室のあの場所から。
今日は一日見回りで。ここを最後にしたのは意図的。
ここから見ていようと思ったのだ。炎を。どこかにいるはずの美琴を。

あいつ、誰と踊ってんのかな。
桐辻？　それはやめて欲しいところだが。まあそれでも文句は言えない。
３年の誰かってのがありそうなところだけど。
ここから見てる分には、遠くて顔もわからないからあまり辛くない。

『みんなの中で淋しいのより、一人で淋しい方が耐えやすいから。』

これは誰の？　・・・美琴だ。
去年あいつが言った言葉。なるほど、名言かも。クッと笑う羽矢。
『ひとりで寂しいのはあたりまえ』なんだ。
そうあたりまえ。
ひとりで・・・寂しい・・・か。俺ってこんなに女々しかったっけ。

来年あいつはもういない。ここには。それは確実で仕方ないことで。
だから、どっちかっていうと予行練習・・・だったか？
馬鹿だな、俺も。
美琴のため、なんて言いながら。虚勢張ってるだけか。
いなくなることに、こんなにびびってるのか。しょうもない。
「やっぱり・・・一緒がよかったなぁ。」
思わず漏れた本音に。

「・・・ほんと？」
まさか返事が返るとは。

ガタッ。
振り返ると、暗がりの中に微かに人影。ゆっくり近づいてくるのは。
「・・・柚華？」
「・・・・・来ちゃった・・。」
窓の外に高く燃え上がっている炎が、近づく美琴の顔にも照り映える。
「おまえ、キャンプファイヤーは？」
「・・・やめたの。」
「なんで？　だって・・。」
「先生、さっきのほんと？」
「え？」
「・・・・一緒が・・・よかったって・・。」

聞かれると思わなかった本音だったから。羽矢は困って窓を見る。
「・・・それとも・・あたしの都合のいい聞き違い？」
「・・都合のいい？」
見直す美琴の顔。

「ずっとね。考えたの。踊って来ていいよって言ってもらったけど。
　ううん、踊りたいって思わなかったわけじゃないの。そりゃ踊りたかったの。でも。」
炎は美琴の眼にも照り光る。

「踊りたかったのは・・・・琉斗さんとだから。」

学校では呼ばないはずの名前を、美琴が呼ぶ。
それだけで、羽矢の胸がドクンとなる。

「他の誰かと踊りたくないの。だから。琉斗さんじゃないなら。踊らなくてもいいの。」
「・・・美琴・・。」
「他の誰かと踊るよりも、一緒にキャンプファイヤーを見下ろす方がずっといい。」
美琴の眼がちょっと潤む。
「だから、来ちゃったの。・・・ごめんね、せっかく言ってくれたのに。」

その後を続ける前に、美琴は抱きしめられていた。
ぱんぱんと弾ける花火の音が聞こえる。
羽矢の広い肩の向こうで、赤々と照り返す炎が見える。

「・・・せっかくちょっと・・・気前いいところみせてやったのに。」
羽矢の囁き。
「・・・・・だって・・・。寂しかったんだもん。」
「何が？」
「実験室のぞいたときに。１年生が一生懸命誘ってくれても。
　琉斗さんは背中向けて・・・行っちゃうから・・。」
あれ。今頃泣けてきた。
「なんだか・・・置いて行かれるみたいで。寂しかった・・。」
しゃくりあげる美琴を抱きしめながら、羽矢が小さく笑った。
「バーカ。あの時はさっさと逃げないと、おまえを浚っていきかねないだろ、俺は。」
「・・・その・・方が・・・いいも・・ん・・。」
「・・・・しょうがねえなぁ・・。」

その声の優しさにやっと、美琴は安堵する。
『踊ってこいよ。』
そう言ってくれる気遣いは嬉しかったけど、でも怖くもあったのだ。
あたしはまだまだ子どもで－。
だから。自由にって言われると。解き放たれると。不安で。

額に。まぶたに。目尻に。触れる唇が温かい。
涙を吸い取りながら下りてきて。
ゆっくりあげた視線と視線が合って。唇もまた出逢う。
柔らかくついばみあうキスが次第に深くなるのを、照らすのは窓の外の炎だけだった。

１年前に重なった想いを、今夜また結びなおす。
硬く。強く。
それは、枠でもなく。枷でもなく。
お互いへと心のまま差し伸べて、繋ぐ心。

一度も一緒には踊れなくても。
文化祭は大切な想い出になる。

『一緒にいたい』

望みは同じ－。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　saigo-no-bunkasai / end ＞

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