卒業式は快晴だった。

春間近を知らせる風の薫りは甘い。型どおりの進行のもと滞りなく式は終わり、校庭は卒業生と保護者、在校生で入り乱れている。

春休みの部活の件で顧問の先生に引き留められてしまった俺が、飛び出したのはかなり時間が経ってからだった。
チェッ、先生もこのタイミングは勘弁だよな。

うるさく伸びかけた前髪をかき上げて、ふと携帯のメールに気づく。
液晶を覗いて眼を見張った。

「弓道場？」


駆けつけた射場にひとり、弓を引き絞る人がいた。
いつもと同じ。
いつもよりさらに惹きつけられる姿。
彼女の手から放たれた矢はまっすぐ的を射抜く。

何度も見た光景が今日はやたらと響いてくる。俺じゃない心へ射掛ける矢なのに、一射ごとに突き刺されているようだ。
どこか鬼気迫る迫力に固まっていたら、彼女がやっと弓を下げた。

視線を的に据えたまま動かない。
ゆっくり近づいた俺は後ろからそっと抱きしめた。
声も立てずに泣いている彼女を。



まっすぐしか知らなかった彼女に、初めての恋は容易いものではなくて。
誰にも告げられず。
時に自分を否定して責めて、でも諦められない。

同じだから。恥じるものじゃないと。
聞いてくれたなら言ってあげられるのに。
彼女は決して聞かないけれど。


「……巴？」
「放せってのは却下」
「違う。　告ったの」
「え？」
「ふられたわ」

一瞬緩んだ腕は驚きで、あわてて力を込めたのは自分の感情を見られたくなかったから。
彼女の勇気よりふられた痛みより、先んじる感情。よかったと思ってしまう自分の醜さは、後で自分に返るのかもしれない。


「……そんなことないわよ」
時折彼女は、俺の気持ちを見透かしてしまう。

「わかってたことを引き延ばしてたの。あたしこそ自分可愛さよ。告ったのはこれ以上醜くなるのが怖かっただけ。同じでしょ」
「緑さんは醜くなんてならないよ。絶対」

なれない。あなたはまっすぐにしか進めない。


「知らないだけよ、巴は。醜くて無茶苦茶で欲しがるだけのあたし」

そんな言葉と裏腹に、彼女の目からこぼれ落ちる雫は限りなく透明だ。


「あの人に逢ってからあたしが歩いてきた道って、真っ暗で真っ黒で真っ赤。振り返ったらペンペン草も生えてないわ。そんな女よ」
「でも行き止まらなかったんだろ。ちゃんとそこを抜けてきたんだ」

俺の腕の中で、黙ってうつむく彼女。
サラリと流れ落ちる黒髪を指で梳いてやる。


「焼け野原にだって、新しい芽は生えるんだよ」
ひっくとしゃくり上げる声はくぐもっている。

「いつか、草や花で一杯になるよ」


今、ひとときだけでも抱きしめられる自分が嬉しい。
暗く黒く赤かったとしても、その道を歩き通して抜け出してきた君。


「まだ言ってなかった。卒業、おめでとう」


彼女の体の前で組んでいる腕に注がれる涙。
これは雨。傷んだ心に新緑を導く。


「頑張ったね……おかえり」



待っているから。若葉が彩る道で。
君だけを。





−「おかえりーtomoe」　了