突きつけられたの。
あんたはまるで　記憶の中の　モノクロ。



初めて訪れた業界で評判の店　"Rouge"
久しぶりの紅子の姿よりも。
幻の歌姫、レイラのステージよりも。

視線を一度もやらないくせに私の意識を奪って離さなかったのは、カウンターの中の彼だった。


嶺だと思った自分に愕然としたわ。
わかっているつもり、忘れたつもりだったのに。

確かめに来たのね、私は。
どこかで信じてなかった嶺の死と、それから。
置いてきた、昔を。



ドラマのセリフみたいな言葉を紅子と交わす。直後に彼女が指名したバーテンダー。
しゃべるときも、シェーカーを振るときも、にらみつけてきたわね。
ずっと。　品定めをするみたいに。

灼熱のようなその視線は、私が吐いた言葉を最後に逸れて。
二度と戻らなかった。


　　　君は誰？



何も言わなかった紅子。わずかに眼の色を増しただけ。
なんて。　なんて女だろう。
愛してもくれなかった男を最後まで看取り、その子どもを育てる。
お人好しのロマンチスト。私には決してできない。

それがあなたの生き方なら、これが私の生き方だから。
礼も。　詫びも。
言わないわよ、決して。



選んだ道を悔いる時間なんてなかったわ。
帰る場所を持たず、足元は危うく、海の上で飛び石を渡るような日々。
滑れば深く沈むだけ。誰の手もない。

今も同じ。
人気とか名声とか、不確かでとらえどころのないものは、するりと抜け落ちたりするから。
気づいたら海の藻屑。忘れ去られてるかもしれない自分。


だから。


これはわがままよ。一度だけの。
愛じゃなくていい。憎しみでも。恨みでも。罵倒でもかまわないから。

覚えていて。いつまでも。
「君は誰」　と言いはなった、身勝手で冷酷な母親を。
傷と一緒に。



不確かな飛び石の上を、私はこれからも走っていくわ。
いつか途中で踏み外した時はきっと、沈みながら思い出す。

遠目にしか見られなかったモノクロの遺影に生き写し。
嶺そっくりの、そのくせ嶺よりずっと強い瞳。
命を分けた、たった一人。


青せい
あんただけは





−「モノクロ」　了