「巴くん。この頃鞍馬くん、おかしいよね」

いつものファミレスで向かい合っているのは、俺と夕緋子ちゃん。
鞍馬はとっくに消えている。

「そう？」
「うん。思わない？」

彼女のフワフワした赤茶の髪は、光に透けて溶けそうだ。クラスの野郎どもから密かに、『ロリポップ』と命名されてるなんて知らないだろうな。

「あいつは複雑だし。どんな奴でも気持ちのアップダウンはあるし」

俺の答えは当たり障りないが、確かにここ数日あいつのバイオリズムは下がりっぱなしだ。紅子さんのプロポーズの件だけじゃなさそうだが。

「本人が言わないならほっときなよ。あいつは大丈夫さ」
冷たいと言われそうな台詞。
俺もナーバスかな、珍しく。

「巴くんもダウンしてるんだね」
まっすぐ断言されて面食らった。

「役には立たないけど、聞くくらいならいつでも聞くからね？」
「は？」
心底びっくりする。これはどういう。

「巴くんって、緑さんが好きでしょ。マジで」


絶句した。
モテるけど彼女をつくらない。八方美人で愛想いい。それが俺の定評。
誰にでも言う　「好きだよ」

ほんとのところをわかってるのは本人と鞍馬だけ。誰ひとり見破る奴はいなかったのに。
たかだか１ヶ月あまりの付き合いで看破されたのか？

あまりのことに否定も出来ない俺を気にも留めず、目の前のロリポップな彼女は溶けかけのクリームソーダをストローでかき混ぜる。


「卒業近いし。顔見る機会が減るのって辛いよね。だからって諦められなきゃ尚更」
「……参った」
「ん？」
降参した俺は取り繕うのをやめた。小首を傾げるフワフワの髪。認識を改めなきゃなぁ。

「夕緋子ちゃんって大恋愛の経験でもあるの？」
「逆。長い片思いの果ての大失恋ならしたばっかり」
俺の問いに眉をしかめた彼女。尖らせた口はすぐ苦笑になった。

「片思いはエキスパートかも。だからわかっちゃったのかな」
「ふーん。やめたんた」
「そう」
「やめられればいいよな」
「どうかな。できればずっとやめたくなかったかもしれない」

滅多に漏らさない俺の弱音に、彼女は何とも言えない表情をする。辛そうな眼の色。

「でもね。言いたくないけど−仕方ないこともあるし。自分は可愛いし。狡いのかも」
ロリポップが突如大人の顔になる。隠してる苦味と塩味。

「巴くんはさ、可能性あるんでしょ」
「……果てしなく低い」
「いいじゃない。誰に迷惑かけるじゃなし。辛いのが自分だけならかまやしないって」


思いがけないところで許しを得た罪人みたいに。
休息を得た巡礼みたいに。
俺は彼女の言葉で自分を緩めることができた。長い道の途中。

「大事に思ってるんだもん」

温もりに溶かされたのか、彼女がかき混ぜるグラスの中ではアイスがソーダとマーブル模様を描いていた。



俺は彼女をそうは呼ばない。でも正真正銘。
彼女はロリポップ。
甘く優しい微笑みは、　癒し。





−「砂糖菓子」　了