それでいいの？
彼女は言葉と一緒に、涙をこぼした。


最初のプロポーズは一笑に付された。二度目は冗句とごまかされた。
逃げられない三度目で、やっと真顔。

「本気なの？　ドクター」
「まだ信じない？」


紅子は淡々と、昔を語った。風呂敷の中身を広げるように。
捨てられない想いを。
「もういないのにやっぱりいるのよ。あたしのここに彼がずっといるの。決してこっちを向かない人だったのに」

全てをさらけだしてから、困った顔で微笑む。
「これじゃ嫌でしょ。知らない男を抱え続ける女よ？」


でも。
出逢ったのは、今の君だから。

「いいよ」


カシャンと。
砦が崩れる音を聞いた。


「君の中にいるなら、君の一部だ」
「思い出すわよ」
「そのままでいい」
「消せないのよ」

「話して」
「崇さん」
「聞くから、思い出した時は全部話して。それから」

笑って。


崩れた砦の向こう。初めて見せた頬の雫は、とても綺麗だった。
何にも比べられぬほど美しく愛おしく。
僕の心を濡らして吸い込まれ、大切にしまわれていった。

君がくれた初めての、僕のためだけの。



今度ふたりで、墓参りに行こう。
また君は泣くのかも知れない。それも僕が受け止めよう。

これから流す涙は、全て。





−「涙　takashi side」　了