恋は病気。
その度、唯一無二のウィルス。

同じものはない。

おまけにバリエーションに富む。
相思相愛。
横恋慕。
三角関係。
四角関係。


動物なら春というけれど、人間の恋は時も場所も選ばず。
それは進化なのか、退行なのか。

片恋もまた。





「とーもえー」
俺を呼び止める、こいつがある意味元凶かもしんない。
鞍馬　青　くらま　せい　

俺より背が高くて、太い眉に鋭い目つき。下手すりゃヤーさんと間違われかねないこの男が、長い長い報われぬ恋をしてるなんて。
誰が信じるだろう。


「なんだよ」
「ファミレス。寄ってかねえの？」
「んー、対外試合が近いから。今日は部活直行」
「珍しい」
「おまえこそ、部活。行ってんの？」
俺の問いに鞍馬は目を眇める。

「まぁね」
「長期の休みは勝手に出るくせに、なんで普通の学期中は出ないんだ？」
素直な疑問だ。

「俺が出るとおっかながる奴多いし」
「おっかないんじゃない。ファンが多いんだろ」
「おまえじゃあるまいし」

ケッと鼻先で笑ってるこいつには、隠れファンがやたら多い。
つきあった女はみんな告られてばかり。
そりゃそうか。こいつからの告白は封じられている。
ありえないのだ。



俺が鞍馬に会ったのは、中学に入った年だ。
頭いいくせに勉強しなくて。運動できるのにいい加減で。モテるのに彼女つくらなくて。
全てに対して斜に構えてるのは何故だろう。本気を見せるのをためらうみたいに。

俺は疑問にはぶちあたるタイプだったので、まとわりつくようになった。始めは邪険に追い払ってた鞍馬が次第にうち解けてくる。意外なことに気が合った。嬉しかった。

核心に触れたのは、しばらくしてから。
なんだか複雑そうな家庭環境で両親がいない鞍馬。保護者は紅子さんという女性で、繁華街のはずれでバーを経営してると聞いた。
危ない雰囲気には興味津々のお年頃。行かずば成るまい。


まさしく大人の店　”Rouge”
いくらなんでも表だっての客にはなれず、裏口からカウンター横に潜り込んだらつかまった。紅子さんは豪快で繊細な美人だった。
「しょうがないわね、青少年。おとなしくしてなさい」


その夜、俺はたくさんのことを見た。
紅子さんは料理がうまくて、客あしらいは天才的だとか。
バーテンのグンさんは死ぬほどモテるとか。レイラさんの声は絶品だとか。
（ふたりが夫婦だなんて、夢にも思わなかった）

それから鞍馬があんなに斜めな理由。

奴は美人の保護者へ積年の恋心を抱えていた。
不思議だった。血が繋がってるわけじゃない。当たって砕けりゃいい。そしたらすっきりするだろうに。

１ヶ月後。そう思っていた自分にあきれ果てた。


諦められるなら諦めている、どうしようもない想い。前にも後ろにも進めない。駄目とわかっても。断られても。そんな片恋が、俺にも降ってきたから。

緑さんに出逢って。


浸食されるだけの心。まさしくウィルス。
早くと願う。
頼むからとどめを刺してくれと。

のたうつだけのたうって、その後でやってきたのは諦めに似た覚悟。
彼女を見ていられるなら、それでいい。
幸せの形は自分が決める。

辿り着いた気持ちは多分、鞍馬と同じ。





君だけを求めて。
時が尽きるまで。

彷徨う俺たちは片恋シンドローム。





−「シンドローム」　了