琥珀の輝きにとらわれた。
薄いブラウンのうねる髪。
黒い柔らかなロングドレスをまとった後ろ姿は年齢不詳だった。
開店間際。準備に追われながら見た彼女。
ピアニストと打ち合わせながらマイクを握る指が、白くて細くて強い。
「レイラ、ちょっと」
呼ぶ声に振り返った眼は、琥珀色。グラスの中のブランデー。
映し出された俺の心が揺れた。
彼女が唄いだしたとたん店内を走った、電流のようなショックを覚えている。
酔った客を一気に覚醒させるエナジー。磁石のように引力のある声。
その唄。
唄。
意地で振り向かなかった。心を鷲づかみにされていながら。
ステージを終えて帰ったと思っていたのに、気づくとカウンターの端に彼女が座っていた。絹のようなブラウンの髪はひとくくりに背に流している。
圧倒的な存在感が消えると別人。まだ少女。
「ご注文は?」
客への当たり前の問いに、当たり前に返してくる。
「カクテル。甘いのを……何か」
出逢った視線。
一言も発せず、メジャーグラスからシェーカーに投げ入れる酒。インスピレーションで振るのは、久しぶりだ。
こういう瞬間が欲しくて、俺はカウンターに立ち続けているのだと、確認させてくれたのは食い入るように見つめてくる彼女。
眼の前に置いた冷たいグラスに注ぐ。ブランデーとオレンジキュラソーをシェイクした、琥珀が燃え上がるような色のカクテル。
「dream」
「……夢?」
「叶うといいな」
「ありがとう……あなたも」
こぼれた笑みに見惚れた。
瞳も。髪も。声も。
唄も。
奥底から放たれるごまかしのない本物の輝きがあった。
重ねる時間。
らしくもないのに望んだ。この女に囚われ閉じこめられること。
琥珀の中の、何億年も昔の虫のように。
「一緒に生きないか?」
彼女はどうして俺を選んだのだろう。今も不思議だ。
決して軽い女じゃない。たくさんの痛みを越えてきたはずなのに。
だから?
いくつか店を移り、やがて紅子に二人して声をかけられ、俺たちは「Rouge」に安住した。
いつのまにか親になった自分をおかしく思うこともある。後悔ではない、心地よい苦笑で。
唄う彼女が全て。
どんな宝をもってしても変えられぬ価値で、俺を捕らえ続ける。
麗羅れいら 。
君は、 琥珀の輝石。
−「きせき」 了
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