１７の誕生日。
あたしは遊園地で、迷子の手を引いている。


迷子センターのお姉さんはさすがにあたしを見て不審げな顔をしたが、あたしが苦笑するとそれも緩んで、あっちも苦笑になった。

「ねえ、迷子拾いしてるの？」
３度目ともなれば、そりゃ言われるわよね。
「見つけちゃうんだもの。何故か」
ほんと、なんでかな。

あたしはしゃがむと、手を引いて来た子の目をのぞき込んで微笑んだ。
「ここで待ってれば、きっとお母さん達が来てくれるからね」
「……う、ん」
握っていた小さな手をお姉さんに預ける。
「お願いします」
「ありがとう」

やっぱりどこか不審というか不思議そうだったけど、お姉さんは笑顔であたしにそう言ってくれた。





実は７つまでこの街に住んでいた。この遊園地にも両親とよく遊びに来た。来るたびにあたしは迷子になって、センターでお世話になっていた。
もっともここは５年前リニューアルしたらしく、当時の面影はない。


「ゆいちゃんたらっ。どこ行ってたの？」

何度迷子になっても、そう言って駆け寄る母と、ホッとしている父。
一番あたしの記憶に残ってる二人の顔。

迷子になるのは心細くて怖かったけど。
あたしは待っていたのかも知れない。必ず見つけてくれる二人の姿を。


突然二人ともいなくなったという事実を、幼いあたしはなかなか受け入れられなかった。
引き取ってくれた崇さんは父の弟でただ一人の肉親。大好きだったけど、やっと１年生になったばかりの子どもは、どうやっても親を求める。

強ばったままのあたしの感情をどうにかほぐそうとして、崇さんが７つの誕生日にこの遊園地へ連れてきたのは勘だったのかもしれない。


お約束のようにあたしは迷子になり、迷子センターで待っていた。

覚えてる。
どこかで期待していた。ひょっとしたらって。
７つの子どもはあり得ないことを夢見る。

でも。
迎えに来てくれたのは崇さんだけった。
神様は現実を、優しくはっきりとあたしに突きつけたのだ。

「ゆいちゃん。探したんだよ」

真冬に汗だくで少し青い顔をして、でもホッとしたように手を差し伸べた人を見て、溢れた涙は。

さよならと。
ごめんなさいと、ありがとう。


その時からずっと、崇さんはあたしの特別な人だった。
世界でたった一人。特別は一人だけと信じてた。
必ず一緒に過ごした誕生日。





崇さんに引き取られて離れた街。遊園地もあれっきりだった。
独り立ちしようと決めた時ここを選んだ。ごく自然に。

１０年も来なかったからすでに知らないも同然の、でもあたしが生まれた街。
両親と一緒だった、両親と別れた街。
誰かに頼らないあたしを始めるのは、やっぱりここだと思ったのだ。


でも今日、あたしは一人で遊園地にいる。
何故か迷子を見つけては、迷子センターと往復を繰り返してる。
今日はやたら多くない？


５往復した時、すでに呆れていたお姉さんが缶ジュースをくれた。
「ご苦労様。ちょっと休んでいけば？」
迷子拾いが趣味の変わった娘だと認識されたらしい。歩いてばかりだったのでその好意を有り難くもらう。


「友達とか、彼氏と来てるんでしょ？　ケンカでもしたの？」

一人って言ったらまた不審がられるのかな。
曖昧に笑ってごまかしプルトップを引く。シュッと炭酸は泡を立て雫をこぼれ落とす。涙みたいに。

その間も駆け込んでくる親、おじさん、おばあちゃん。
「りっちゃんっ」
「ケンタ〜」

飛びついていく子どもたち。
「おとうさーん」
「ママっ」

差し伸べられる手に吸い寄せられそう。そこで。
ようやく気づいた。


独り立ち？あたしは自らを嗤った。
迷子のこどもはどれもあたし自身だ。この広い遊園地でひとり、くるはずのない迎えをいつまでも待っている。
甘ったるいジュースの味が心に苦くて。無理に呑み込む。


泣いたりしない。泣くもんか。立ち上がって歩かなきゃ。
足を動かすのは自分だよ−。


「すいません」
「はい？　迷子ですか？」
「ええ。女の子を」
「お名前は？」
「夕緋子」


他人事に遠かった声が、不意にあたしの名を告げた。
顔を上げたら、手が差し出されてる。大きい男の人の、でも崇さんより骨ばって大きい。唖然と見る顔。


「……鞍馬…くん……？」
「みつけた」

これ以上開けられぬほど開いた眼。

「なんで？」
つぶやいた問いは、何を指すのか。


「待ってたんだろ？」
「…っ……あ、あたし、はっ……」
「見つけるのは得意なんだ。昔から」

笑顔。
初めて見る彼のそれはやたら綺麗で優しくて。


「……ふっ…えっ……」

溢れてきたのは、遠い昔と似て非なる混沌。
さよならと。
ごめんなさいと、ありがとう。


堪えきれず膝を抱えて泣きじゃくるあたしに怯みもせず、横に座った彼が肩を抱き寄せた。大きな手が温かかった。





広い遊園地の迷子センターで、あたしは泣いた。
哀しくて。
でも一人じゃないのが嬉しくて。


何処へ踏み出せばいいのかは、やっぱりわからなくても。





−「遊園地」　了