子どもの遊びは残酷だ。
「鬼」を待って。いつまでも待って。結局みつけてもらえないのは辛い。
気づくと誰もいなくなり闇に一人取り残されるくらいなら。
誰も待たない。
自分で探しにいく。
かくれんぼは好きじゃなかった。
運動神経も勘もいいので集団遊びはたいていリーダーだったが、かくれんぼだけはいつも早々につかまった。
「鞍馬くんって隠れるの下手だね」
かくれんぼをやると俺は鬼になっては速攻でみんなをみつけだし、ろくに隠れもせずまた速攻でみつかるという繰り返しだった。
それはそれで面白かったし見つけて得意になってもいたけれど。
「鞍馬くん、みーつけたっ」
その瞬間が一番好きだった気がする。
とはいえ、こんな風にみつかるのは全く不本意だ。
お互い様か?
テーブルをはさんで俺を睨んでいる女生徒は、ふわふわした癖毛が肩を覆ってる。はっきりした瞳。ルージュなしでも赤い唇。
初めて会った時、ばっちりしていたメイクがアンバランスだと思った。彼女の雰囲気と合わなかったからだ。こっちの方がやっぱり自然だ。
「未成年は入れないってえらそうに言ってたくせに」
ミルクティーが冷めるってのに、口も付けない。
「自分も高校生だなんて、ずるいじゃない」
どうしたものか。説明はできるが面倒だ。とりあえず攻撃は最大の防御、と俺は方針を決める。
「39の彼氏とはどうなったわけ?」
ど真ん中に斬り込まれて、相手が口をつぐむ。もちろん狙った一撃。
「継続? 発展的解消?」
「そんなのあなたに関係ないでしょ」
「なら、俺の事情もあんたに関係ないだろ?」
かぶせるように言うと、さらに怯んで口ごもる。
「別に俺とあんたの間には貸し借りがあるわけじゃないし。俺のバイトがやばいならあんたがあそこに客としてきたことも、39の彼氏がいることも十分やばいじゃん。お互い知らないことにしてチャラ。OK?」
計算された流れのはずだったが。
「……じゃ、また行ってもいい?」
「へ?」
「お店」
「なんで? だから未成年はさ」
「だってあなた、バイトしてるじゃない」
「俺の話、聞いてたか?」
堂々巡りの返事で、声に怒りが混じりかける。
「だって美味しかったから」
「は?」
「あのカクテル。もう一度飲みたかったの」
思いもかけない返答に俺はきょとんとした。
なんだこいつ。どっかずれてる。
「Ladyになったら、っつったろ」
「ケチ」
「あんたなぁ」
「夕緋子」
「あ?」
「貴船 夕緋子。あんたって言わないでよ」
眉間にたてじわが似合わない。
きふね、ね。
「あなたは?」
間髪入れずに問いかけるのが憎たらしい。
そっぽむいたら、ドン!と机に握り拳。 おい、カップが落ちるぞ。
「あたしはちゃんと名乗ってるでしょっ!」
筋は通ってるのか? いや、筋なんてどうでも手……ああ、めんどい。
「鞍馬」
「くらま? ……てんぐ?」
じっとこらえた。俺の名前には必ずついてまわるボケだ。
「生憎、羽根も神通力も持ってない。鞍馬 青せい 」
「セイって本名だったんだ?」
「まぁね。本名だって知ってる奴はほとんどいないし」
「ふーん。じゃあ、鞍馬くん。これ!」
いきなり目の前に突きつけられた何か。近すぎて見えない。
「なんだよ」
よくよく見れば市内遊園地のパスポート。
……はい?
「チャラにする。店にも行かないからつきあって。市内案内付きで」
「何で俺が?」
「新聞の勧誘でもらったんだけど、引っ越してきたばかりでしょ。他に知り合いもいないし。勿体ないし」
そりゃ確かにピッカピカの転校生だけど。
「俺は部活とバイトがびっちり」
言外に忙しいと匂わせたつもりが。
「ちょうどいいよ。日曜は"Rouge"も休みでしょ。あさって」
「だから」
こいつってものすごいマイペース。
「バイトって終わるのいつもあの時間? お昼頃でいい?」
「おい」
「おいは名前じゃないからね」
「き・ふ・ね。 いいかげんにしろ」
俺の声が最低温度に下がると、さすがに貴船が黙った。
「さっきも言った。俺とあんたは貸し借りなし。イーブンでチャラ。あんたにつきあう義理はないし、その気もない」
ガタッと立ち上がった俺はレシートをつかむ。
「これくらいは奢ってやる」
「どうしても駄目?」
肩をすくめてシャット・ダウン。 −本日の営業は終了しました。
「バイ」
背中に声は聞こえなかった。
なのに。
貴船にみつかったということは、鬼は俺で。
次は俺が彼女を探す役回りになるのだと、気づいたのはその日曜日になってから。
……ああ、めんどい。
−「鬼」 了
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