写真撮影は滞りなく終わった。

　まず乙女だけ、鉄と乙女のツーショット、鋼と銀と赤ん坊を抱いた初音を加えたファイブショット、最後は親族こぞっての……何人だっけか、とにかく大勢。夕花が花嫁の隣がいいと言うので、小町が膝に載せる。鉄の横に座った鋼は初孫を抱き、初音と葵を横に座らせてご満悦だった。


　着替えたあとは披露宴という名の宴会だ。場所は改築間もない日高家。ご近所への披露も兼ねている。鉄と乙女の友人たちもそちらに集まっているはずだ。

　町内会も大集合、女たちは朝から台所に、男たちは家中に詰めていたから、主役なしで酒盛りが始まっているに違いない。身重の葵と赤ん坊連れの初音、桐子は一足先に行ったはずだ。

　俺もタキシードを脱がないと。
　そう思いながらも鉄はなぜか、神社の境内で桜を見上げていた。


　気候によって開花は毎年大きく異なる。今年の桜前線は概して遅めだが、この木は日当たりがいいせいか、ほかの木より先に咲き始めたようだ。

　手を伸ばしても届かない枝先で、開いている桜、さくら。
　なんだろう。
　なにか思い出しそうな。誰かの声が。

　『……ほうら、……つ……』

　「鉄ちゃん」

　いつのまにか隣で、乙女が一緒に見上げていた。まだドレス姿だ。
　「五分咲きね」
　「ああ。ばあちゃんの着物に着替えなくていいのか」
　「今、部屋がいっぱいなの。空いてから着付けてくれるって」
　そう言いながら、笑みをほころばせる。
　「良かったね。全然咲いてなかったら寂しいもの」
　「いいよなあ、桜」

　こんもりと伸びた枝枝の先に、ピンク色のつぼみが幾つも灯っている。開いた花はもちろんだが、これから咲こうとするつぼみも、早くも散って玉砂利を彩っている花びらも、どれをとっても綺麗なのが桜だ。

　「ほんとに好きなんだ、桜」
　「うん？」
　視線を下げた鉄の心臓がとびはねた。今日、何度目だろう。

　膝丈のスカートが重なった花びらのように、乙女の細い腰をふわりと包んでいる。風にゆれる白いベール。透ける長い黒髪。ひたと鉄に向けられている黒い瞳。まるで。

　「……桜の精みたいだな」

　思わず漏れたつぶやきに、乙女が目を見開いた。やばいと口を手で塞いで、横を向く。絶対何か言われると思ったのに、何も聞こえてこない。そっと目を戻して仰天した。乙女がぽろぽろ涙をこぼしていたから。呆然とする間に両手で顔を覆ってしまう。

　「……お、乙女？　どした？　なんで」
　「って、ぐすっ、だってちっ、ともほ、めて、れないか、ら、きにい、らないの、かなって」
　「ええっ？　俺、言ったじゃん、天下無敵天下無双」
　涙目が鉄をきっとにらむ。
　「っれじゃ、ほめ、てないっ」
　うーんそうか。

　「ごめん、でもマジで、ほんとほんとに」
　鉄は腹を据えた。
　「すっげえ綺麗。桜に負けてねえ、いや桜より綺麗だ」

　にらみつけていた乙女の目から、涙がまたあふれ出す。まずいやばいと思った鉄だが、涙の洪水を従えながらも乙女は笑った。とびきり幸せそうな笑顔に引き寄せられて、キスしていた。小声でささやく。

　「アイシテル」

　どっとわいた歓声にぎょっとした。見れば家に向かったはずの銀と光、キヌに叔母叔父に神主、一番大きな声を張り上げたのは、父の鋼と義母の小町だ。
　「いちゃいちゃしてんじゃねーよ、ばっかやろー！」
　「色男っ、うちの末っ子をよろしくねーっ」

　ぼっと顔が燃える。逃げようと思ったが、乙女を首っ玉にぶらさげては動けない。せいぜい背中を向けるのが関の山だ。

　「……鉄ちゃん？」
　「なんだよ」
　照れと恥ずかしさでぶっきらぼうな声になったが、乙女の声は嬉しそうだった。

　「ずーっとずーっと世界の終わりまで、ヨロシクね」
　「……おう、よ」
　答えは短く。

　桜の下で乙女を抱きしめ、鉄は小さく微笑んでいた。





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