楠形くすなり　神社の桜はいつも早い。
　日当たりがいいのね。
　ご機嫌で手を伸ばす鉄を、千代は目を細めて見ていた。


　今日は気分が良い。
　久しぶりに散歩に出たら、春の気配が怒濤のようだ。
　時は進む。
　人にはお構いなし、それでいいのかもしれない。


　「ほら、鉄。きれいでしょう」

　桜が見えるように掲げてやると、鉄がはしゃいだ声をあげる。
　こんなに重くなったなんて、知らなかった。
　葵は文句も言わない。言うはずもないけれど。


　あなたが大きくなるのをどこまで見届けられるかしら。
　葵の、銀の成長を、いつまで見届けられるかしら。


　眉を曇らせた千代は、振り切るように首を振った。
　生き死には神様の決めごとだから。
　考えてもしようがない。
　不安も、予感も、当たらぬようにと祈るだけ。


　「ほんとうにきれいねえ」


　祈るだけ。
　あなたたちの幸せを。


　「ねえ。　桜、好き？」


　答えの代わりに鉄が笑うから、千代も笑った。


　「てつー、たかいたかいー」


　覚えていなくても、思い出せなくても。
　この時が、温もりが、あなたに残りますように。
　桜を見るたび、心のどこかで幸せを感じますように。

　「ほうら、てつー」
　

　千代と鉄の声に惹かれるように、桜がひとつ、ほころんだ。


　笑ってちょうだい。
　いつも、いつまでも、見ているから。
　見守っているから。


　さくら。
　さくら。





　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　sakura-sakura　　/　end＞