四、五センチの差といえ、丈は光より背が高いし肩幅もある。おそらく体重も重い。それを担ぐのは骨だ。

「カメさん、しっかりしぃな。花婿が聞いて呆れるわほんま」
「うーるさーいぞーみなもっとー」

「もっとー、ってなんやねん」
「そーだそーだぁ」
「やめてよ葵まで」


足取りも危うい花婿を放り込むようにしてタクシーに乗せた光は、やっぱり怪しい足元で付いてきた葵を支えた。同じタクシー、丈の後から乗りこんだ美羽が申し訳なさそうに見上げてくる。

「源さんも葵も、今日はほんとうにありがとうございました。おかげで楽しかったです。うちの親や丈さんのご両親まで参加させてくださって」
「こういうんは多いほど楽しいやん。せやけどカメさんはそうでもなかったかいな」
「どうしてです？」
「こんちくしょー、源のばっかやろー」

丈の悪態は自分の親はともかく、美羽の両親が加わったことで二次会まで緊張が続いたことへの文句だが、美羽はわかってないようだ。その両親もすでに帰宅している。知らなくていいかと光はごまかす。

「二次会の間中、お客さんにウサコちゃんとられてずーっと欲求不満の顔やったろ」
「源さんたら」

タクシーの後部座席から伸びた手でばしっとはたかれた。そっちは大した力じゃなかったが。

「やーだー光ったら欲求不満なんてえすけべえー」
「ぐえっ」

酔っぱらいは力の加減を知らない。力任せに叩かれて叫ぶと、美羽が呆れるのを通り越して心配そうに葵を見遣った。

「丈さんより酔ってるみたい。お酒に強い葵が珍しいわね。大丈夫？」
「だいじょーぶい」

意味のないＶサインと邪気のない顔でふにゃっと葵が笑う。可愛いなぁ。痛みも忘れてにやけそうになった光だが、顔を改めると美羽に言った。

「ウサコちゃん、カメさんを末永う、千年でも万年でもよろしゅう頼んます。このとおり」

頭を下げた光に驚いた顔になり、それから彼女も頭を下げてきた。

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。……源さんたら丈さんの兄弟みたい」
「こない出来の悪い弟がおったらカメさん頭抱えてしまうわな」
「嬉しくて泣きます、きっと」

笑顔で言われてこっちが泣きそうになったが、そこへつっこむように葵の間のはずれた叫び。

「どっちもこっちもおめでとー」

気勢というより奇声をあげる葵に、眼を合わせたふたりが吹き出す。

「今度は私が言わなきゃ。葵をよろしくお願いしますね」
「まかしとき。そっちもよろしゅう」
「はい、任せて」

美羽のうしろからは丈のいびきがのんきに聞こえ始めていた。


走り去るタクシーを見送った光は、まだ手を振っている葵の肩を抱いた。いい結婚式だったなと思う。あの二人を見ていると結婚も悪くないという気になる。それはともかく。

丈が酔いつぶれたので主役は早々に退場を許したが、他の連中はいまだ盛り上がっているだろう。まだ店の貸し切り時間には余裕があるし。

「よっしゃ葵、戻って飲み直そか」
「えいえいおー」

拳を上げた葵は威勢がいいというより子どもみたいだ。なんやほんまにめっちゃ可愛いなぁ。どないしたんやろ今夜は。

周囲の不審そうな視線もなんのその。とろけるような眼差しを向けながら、光も一緒に拳を上げる。脳内だけ横文字で。

「ＡＡＯ！」

光は、おそらく葵も。
気分は最高。


この後何が起きるか、知る由もなく。