クラシック音楽がゆるゆるとチャペルの中に流れを作っていた。

ベンチに座った葵の視線は、天井から宗教画を模したステンドグラスに、そして正面の十字架へと下りてくる。信者でなくてもこういう場所は敬虔な心持ちを誘われるものだ。訳もなく懺悔をしなければいけないような。

人間は生まれながらにして罪を負っていると説いたのは旧約聖書だったろうか。だとしたら生きている間にその罪はどれほどのものになるのだろう。

宗教を深く学んだことはないが、一神教は概して人に厳しい気がする。日本人が曖昧でいい加減なのは八百万の神に守られていたから？　新説だろうか。

クスッと笑ったら光が隣でいぶかしげな顔をした。笑いかけたタイミングで扉が開く音。待ちかねたのは新郎だけではない。太陽に花がなびくように参列者たちが、葵も光も振り向いた。音楽はいつの間にか結婚行進曲へと変わっている。


父親と腕を組んでバージンロードを歩く美羽は美しかった。さっき控え室で見た時よりさらに。クサい言い方をするなら愛で満たされている。

結ばれる彼との愛。
手放す親からの愛。
遠くから見守っているだろう弟への愛。
それから、それから。

たくさんの愛をそそがれ満たされて、今日の美羽はてっぺんからつま先まで愛に溢れて見えた。出会った頃のどこか頑なで閉じたところがなくなって、打ち解けた柔らかさが人を和ませる。

「きれい」
思わず漏らした葵に同意が返る。
「ほんまや」

チャペルのベンチは横に長い。隣を振り返ると、賛辞を込めうっとりとしたまなざしで光が美羽をみつめている。葵は光を肘でつついてからかった。

「惜しいことしたって思わない？」
「カメさんにもったいないとは思うで」
「美羽のお父さんが諸手をあげて同意する台詞ね」

「見てえな、もう泣いてはる。娘を手放すおとんは寂しなぁ。娘なんて持つもんやない」
「そう？　可愛いと思うんだけど」

緊張した足取りで眼に涙を潤ませた温が、娘を腕を組んですぐそこを行きすぎる。美羽に小さく手を振りながら葵がささやくと、光はうーんと唸ってから、すぐぶんぶんと首を振る。

「あかん。可愛いに決まっとるけど攫さら　われるんやで。やっぱりあかん」
「そんなこと言ってたら何もできないじゃない」
葵はあきれた顔で反論する。
「起きてもいないことを恐れて何もしないなんて寂しいだけよ」

振り返った光は葵をじっと凝視したと思うとふわり目元を和ませた。葵がどきっとするほど優しく。

「さすがやわ、惚れ直しそう。やっぱり葵や」

彼が抱き寄せようとしたそこで、美羽が丈と手を取り合って祭壇へと向き直った。ぺしっと光の手をはたいて前を向かせる。

「うわ、ひど」
「黙って」
しっとにらんで立てた指が彼の手につかまれ、人差し指の先にちゅっとキスされてしまった。葵の眼が白黒する。

恥ずかしいったらない。いつもなら絶対叩いている。なのに叩くどころか手をふりほどきもしないのは、厳粛な雰囲気と祭壇の前に経つふたりのせいかもしれない。

愛する人と共に歩くことを宣し、周囲に祝福される。
幸せのオーラに当てられていると思う。


神父の声が厳かに響いてくる。
葵にできることは光から眼を逸らし、知らん顔を装うことだけだった。