似たような別の場所で、似たような別の四人がテーブルを囲んでいた。


互いの相手は間違えようがない。
片側には葵と光、もう片側には美羽と丈。

ピンク色の甘い雰囲気は挙式を控え婚約中の美羽と丈が醸し出すものだ。この場をイラストにしたら間違いなくハートマークが飛び交っている。乱舞している。大して食べてもいないのに、光と葵は食傷気味。

「だから丈さん、べたべたしすぎなんですって」
「そりゃないだろう美羽。婚約中の彼女にベタベタしないで誰にベタベタするんだ。日高くんか？　俺は源に殺されたくないし、こんなところで殺されたら挙式はどうなる」
「殺されるようなことをする方が悪いんです」

「まだ何もしてないよな」
「源さんは丈さんを殺すほど愚か者じゃありません」
「聞き捨てならないな。俺が殺されても君は仇を討ってくれないのか」
「源さんに殺されても自業自得でしょ。仇なんて……手！」

美羽の肩を抱こうとした丈の手に高い音が鳴って引っ込められた。目を丸くする葵と光だが、はたいた方もはたかれた方も全く気にしていない。それどころか。


「ほら、ふたりともあきれてるじゃないですか」
「いや、羨望のまなざしって奴だろう」
「丈さん、老眼には早すぎます」
「君の顔ならいつでもどこでもはっきり見える。心配ない」

果てしないやりとりにめまいを覚えて、葵は隣の光にささやく。

「ねえ、亀沢さんキャラ違わない？　飲み過ぎた？」
「あほ。カメさんを潰すんはちょっとやそっとの酒じゃ足りひん。正気や。正気やけど、……色ぼけもええとこ」
「何か言ったか、源」

矢のようなつっこみに光が、葵までひきつった。どうしてそんなところだけ聞きとるのやら。美羽の声しか聞こえないんじゃなかったっけ、などと。


「なんも」
「あぁほんとにごめんなさい。丈さん、何のために葵と源さんにきてもらったのかわからないでしょこれじゃあ」
美羽の言葉に葵も光も力一杯うなずく。

「ウサコちゃんの言わはるとおりや。二次会がしっちゃかめっちゃか行きあたりばったりでええんなら、俺らはお役ごめんてことで」
「わかったわかった、悪かったって」

ようやく理性が戻ってきたのか丈も口調を改めた。顔が赤い。幸せなんだろう。ほほえましいと思う葵だが、一方で確かにうらやましくもあった。気を取り直して話し出す。


「いい場所みつけたの。ホテルの近くにあるレストランなんだけど。ガーデンテラスがあって人数集まれば貸し切りも可能よ」
「イタリアンやけど、ブッフェ形式もやってくれるて。広々した店やから、天気が悪うても窮屈にはならん思うわ」
パンフレットを広げて店内の写真を指し示す光。

「なんつっても食事がめっちゃうまい。な？」
「ええ」
思わず笑んだ葵は、美羽と丈がニヤニヤするのを見て決まり悪そうに眼をそらす。光はてんで気にしてない。

「いっぺん二人も行ってきたらええ。雰囲気とか味を自分で確かめたいやろ」
「そりゃそうだな」
丈の隣で美羽もうなずいている。

「店のこと以外でなんぞ希望あるか」
「希望？」
「セレモニーとか」
「あの」
言い出したのは美羽だった。

「ウサコちゃん、何？」
「ウサコちゃんはやめろって」
「名前呼んだら怒るんやろ」

「名字があるだろうが」
「そない他人行儀な」
「他人だ！」
「……やめなさいってば」
あきれた声で葵は光を制する。

からかわれているのはわかりきっているだろうに、いつもと違ってムキになる丈がおかしいくて、可愛い。かっこいいとかできるとか優しいとか、亀沢丈に付随する単語はいろいろあるが、可愛いなんて。

「丈さんたら」
美羽の苦笑が柔らかくも厳しい。

「話が進まないでしょう？　いいかげんに」
「わかったわかった。悪かった」
「カメさん尻に敷かれす…、痛っ」
「で、美羽の要望は？」
光の足を蹴飛ばして、葵が親友を促した。時間がもったいない。

「集まってくれる人へのお土産のことなの。スイーツがいいと思うんだけど、おすすめ知らないかしら」
あぁと葵はうなずいた。二次会は会費制だ。引き出物とはいかないが、集まってくれる人に何かと思うだろう。

「甘いもの好きなくせに。心当たりないの？」
「好きだけど、こだわるほうじゃないから。でもせっかくなら喜んでもらえそうなものがいいし」

丈をみると肩をすくめる。こちらもスイーツにこだわるタイプにはみえない。葵は隣の男にバトンを預けた。

「これってあなたの得意分野でしょ」
「俺？　なんで」

眉を上げた葵は眼で語って見せた。バレンタインに贈られたあの見事なケーキ。あんなのが作れるなら間違いなくスイーツ好きだ。情報も持ってるに違いない。しばらくみつめられた光は、降参というように両の手のひらをみせた。

「了解。そしたらウサコちゃんの希望は」
「希望？」
「どないなスイーツがええか。こういう場合はなるべく細こう理想を語っとかんと」
顔をほころばせた美羽を見て今にも割って入ろうとする丈を、葵が遮った。

「あなたは私と」
「なんだ」
「予算、メニュー、飾り付け。得意分野でしょ」
「どこが」
「スイーツを語るよりは」

むうとうなった丈はにらまれて仕方なくパンフレットに眼を落とした。光がちらっと葵をみて机の下で親指を立ててみせる。
（グッジョブ！）

吹き出しそうになるのをこらえた葵は自分に言い聞かせた。あくまでも自分と光は、ふたりのサポートだってことを。


幸せな人たちといると夢を見がちだ。間違えちゃいけない。それは彼らの影でしかない。

なら私はどうするの。
どうしたいの？


隣にいる光の存在を痛いほど感じながら、中途半端な自分を情けなく思う葵だった。