仕事から帰って夕飯を食べた後。
自分の部屋の押入で、銀は捜し物をしていた。

「おっかしいな。確かこの辺だったと……」

段ボールをひっくり返していた手が止まった。
取り出したのは大きな毛糸の靴下。目の粗い手編みだ。

「あった。これだ」

懐かしい、けれど決して忘れない。定まらない編み目のひとつひとつが、まるで見ていたかのように情景を思い浮かべさせる。小学生の葵が、自分の足よりはるかに大きな靴下を、慣れない手つきで懸命に編んでいる姿。

『サンタさんは大きいから、大きい靴下よ』

葵が、銀と鉄にそれぞれ渡してくれたのは、母が死んだあとのクリスマスだったと思う。


そもそも日高家に、クリスマスという行事はなかった。

「うちはキリスト教じゃねえ」

それが父の言い分だし、間違ってはいない。宗教無縁のお祭り騒ぎは、成長してみれば確かに美しくはない。だからって昔も今も、子どもにとってのクリスマスは別だ。周囲では誰もがサンタとケーキとプレゼントの話をしていればなおのこと。

だから葵は考えてくれた。表だって父に逆らわず、それでいて弟たちが喜ぶようにと。この靴下はその証しみたいなものだった。

『いい？　寝る前にこれを下げておくのよ？　そしたらクリスマスの朝に、サンタさんからプレゼントが入ってるから。お父さんには内緒よ？』

ご馳走もあった。平日は和食寄りの献立が多い日高家の食卓だが、イブの夜に葵は山ほど鳥の唐揚げを作ってくれた。それこそツリーみたいに積み上げて。

『今夜は唐揚げ食べ放題！』

銀鉄のみならず、実は肉好きの父も喜ぶ、日高家のクリスマスイブの定番メニューになった。

『葵の唐揚げは絶品だよなぁ、銀兄』
『シューマイと同じっくらいうまいぞ、親父』
『食べ過ぎだろうが、鉄！　この野郎』

文字通り奪い合って食べるから、あっと言う間になくなった。白いご飯と味噌汁と唐揚げ。見ようによってはごく普通の晩ご飯に、デザートと称してケーキまであった。いつもイチゴのショートケーキなのは、鋼が好きだから。そのせいか父も何も言わなかった。

お腹いっぱいになって部屋に戻ってから、鉄と靴下をぶら下げる。
葵がくれた特大の手編みの靴下を、それぞれ神妙な顔で。


ひねた子どもだった銀はサンタクロースなんて信じてなかった。ほんとにサンタがいるなら、父がなんて言おうと母が病気だろうと、サンタは来るはずだ。サンタなんていない。プレゼントをくれるのは葵に決まってる。

でも、現場を押さえたことはない。

目が覚めると靴下はパンパンに膨らんでいて、認めたくないけどわくわくした。山ほどのお菓子がほとんどだけど、必ずひとつ、欲しくてしょうがないものが入っていた。どうしてわかるのか。葵のアンテナはいつだってすごかった。

毎年毎年、二人がそれぞれ中学生になるまで葵サンタはやってきた。背伸びして皮肉なことばかり言う悪ガキを、年相応の子どもに戻して喜ばせてくれた、姉。彼女に決してサンタは来なかったはずなのに。


クリスマスの朝は鉄と争って早起きした。靴下をひっくり返して中身を確かめ、そのまま葵のところへ持っていく。二人の喜ぶ顔を見て、葵はまるで自分がプレゼントをもらったみたいに嬉しそうだったっけ。

贈られていたのは物でなく気持ちだった。見返りを期待しない愛。それはまさしくサンタの心だ。いつか自分も大事な人に。


「風呂だぞ兄貴……なにぼんやりしてんだ」

入ってきた鉄が、銀の手元を見て驚いている。

「それ、サンタの」
「覚えてるのか」
「俺もしまってあるし」
「マジ？」
「あったりめえじゃん」

整理整頓が苦手な鉄らしくない、即答だ。
銀は苦笑して言った。

「親父の話でさ、思い出して」
「あぁ夕花ちゃんな。クリスマスプレゼント買うなんて笑っちまうよな。俺たちにはくれたことねえくせに」
「親父も進歩したよなあ」

二人の会話に嫌みひがみがないのも葵のおかげだ。
ふと、鉄が言いだした。

「ちょっと思いついたんだけどさ」
「なんだよ」
後ろを確かめ、わざわざ声を低めた鉄の提案に、銀は目を丸くした。

「たまにはいいこと思いつくんだな、おまえも」
「たまは余計だ」
「やろうぜ」
「よし、前準備と下準備だな」
たくらみ顔でまた笑いながら二人は思いを馳せた。


姉が二人にしてくれたことは忘れない。大事な人に、いずれは自分たちの子どもに同じことをするんだ。その時は親父もサンタになるかもしれないな。そばにいなくても、葵の喜ぶ顔は見える、きっと。


銀は、鉄も、祈っている。
どうぞ葵が、自分たちのサンタが。
自分たちよりもっと、ずっと、叶うかぎり、幸せでありますように。


特大サイズの手編みの靴下は、今もほんのり暖かい気がした。





　　　　　＜　extra large size Socks　of the hand-knit　／　end　＞