黄金色した銀杏いちょう　の木の下に、初音の恋人が立っていた。

彼の目は時々、銀色に見える。
冷静で鋭い、けれど暖かな銀色。

もちろん錯覚に決まっている。
初音は今や恋するまぬけだ。１２月にデートを企てるほどの。


仕事はまだ続けている。退職願いを出したら、意外なことに引き留められた。あわただしい改革に反発して退職する社員が雪崩を打ち、本部もあわてているのだと聞いた。

だが転勤する気はない。結婚も決まったし、と覚悟を決めた初音の強気の態度が、意外な結果を産んだ。来春、結婚を機に退職ということで話がまとまったのだ。


そういうわけで例年どおり、年末進行に追われている。この時期の忙しさときたらもう口では言えない。果てしなくチョコを溶き、果てしなくイチゴを飾り、果てしなく生クリームを塗り、果てしなくメレンゲを泡立て……以下略。

そんな修羅場の狭間でも彼に会いたくなるほど、今の自分はまぬけで、ビョーキだ。幸せ病だ。たまに我に返って鏡に突っ込んでいる。バカでしょって。


結婚は来春の予定だ。春なんてすぐ来るのにまだ何も決めてない。暇がない。すべてはこのクリスマスパニックが終わってから？　でもバレンタインもすぐだし。

つまり、一般的な意味での結婚式や披露宴の準備を、心配しなくてすむのは幸運ってことだ。結婚式は日高家の縁ゆかり　の神社で、披露宴は日高の実家、そういう形が逆にありがたいと思えてしまう。


二人が式を終えると、日高の実家はリフォームが始まる。いろいろな意味で、銀と初音の結婚が、家と家族の節目になる。さらに一年後、リフォームの完成披露がおそらく、義弟と妹の結婚披露になりそうな。

縁とはつくづく不思議なものだ。
それもこれも彼と出会ったから。


顔を上げた銀が、初音をみつけて片頬をゆるませた。
自分の頬もゆるむのがわかる。
吹きすぎた風が銀杏を揺らしたと思うと、残り少ない葉を降らせた。

風に舞う葉は、きんいろ。
その下の彼は、ぎんいろ。


一瞬の光景を心のアルバムに納め、初音は歩きだした。
恋人に向かって。





　　　　　　　　　　　＜　golden　fall、　silver　him　／　end　＞