おもちゃ屋の外に出たら、北風がぴゅっと鳴った。

「しゃむいねえ」

左手を握った夕花がつぶやいたので、鋼は噴き出しそうになった。背伸びしているつもりもないだろうに、どこかこまっしゃくれた口調が可愛い。夕花をはさんだ反対側から、片方の眉をあげた小町に睨まれた。

「ほんと、寒いわよねえ。夕花、手袋は？」
頭の両側で二つに結んだ髪が、リボンごとぶんぶんと振られる。
「コーパパと、コチママと、手つないでるから、あったかい」

コーパパ。
うん、なかなかじゃねえかと鋼はほくそ笑んだ。

他の誰かが、たとえば銀鉄が「パパ」なんて呼ぼうものなら、ぶっとばすに決まっているのだが、夕花の声だと全く抵抗がない。孫ってのはこんなに可愛いもんかいと感じ入る。


葵の縁談で思いがけず家族が増えた心地だ。夕花は、葵にとっては義姉になる桐子の娘だ。鋼からすればどう呼ぶべきか、正確なところは知ったこっちゃない。

夕花に呼ばれるなら「おじいちゃん」でも構わなかったが、小町の「コチママ」という呼び名と並べられるならと、「コーパパ」を提案したのは鋼自身だ。

葵や銀鉄にはもちろん内緒だ。ばれた暁には葵はともかく、息子達にぼろくそに言われるに違いない。そしたらおまえ達の時の予行演習だとでも言ってやろう。


おしゃまで賢くて気の強い夕花がすっかり気に入った鋼は、まだ持ったことがない孫と同列に置いて、機会があれば逃さず会うことにしている。今日は、小町にクリスマスプレゼントを買ってもらうと聞いて、なら自分もと、かなり強引に割り込んだのだ。

女の買い物なんて近寄りたくない第一位のはずだが、小町と夕花、鋼にとって甲乙つけ難い二人との外出となれば、話は別だ。実際、鋼は飽きることもなく楽しんでいた。

今日の小町は長いスカートに短い丈の毛皮をあわせている。流行など興味のない鋼には、似合うとしかわからない。夕花は赤いコートに赤い帽子、赤いブーツで一足早いサンタみたいに、可愛い。二人に自分の着物姿が並ぶとかなり目立つだろうが、向こうもこっちもそれには無頓着だ。

おもちゃ屋で、小町からお姫様風のドレスを、鋼からはぬいぐるみを買ってもらうと決めるまで、夕花は迷いに迷った。やっとクリスマスに届く手配をすませると、疲れて眠そうだったが、外の寒さで目が覚めたようだ。小町を、それから鋼を見上げて尋ねてくる。

「コチママたちは手袋、ないの？」
「手を繋いでるから、心配いらねえ」
「そうよ、大丈夫」

二人の答えに少し首を傾げ、なにを思ったのか夕花は繋いでいた手を放した。小さな赤いコートのポケットから、取り出したのは赤い手袋だ。片方ずつそれぞれに差し出される。

「ゆーかの、貸してあげる」
思わず小町と顔を見合わせた。

「夕花のは小さくて入らないわよ」
「これねぇ、大人の手も入るのびのび手ぶくろだよ。ママも入るもん」
「でも夕花」
「ゆーかは、コーパパとコチママと手をつなぐでしょ。でもコーパパとコチママは片っぽの手が寒いから。ね？」

小町と並んで呼ばれてニヤニヤしながら、鋼は自分に差し出された片方を受け取った。赤い小さな手袋は確かに伸びる。鋼の無骨な手もちゃんと入った。暖かい。

「なるほど、こりゃいい」
小町も仕方なく反対の手にはめる。
二人はそれぞれの右手と左手を、夕花に見せた。

「ほれ」
「ほら」
「あったかい？」
暖かいのは手袋よりも、無邪気な優しさだ。

「あったかいに決まってらぁ」
「ぬくぬくよ。ありがと、夕花」
「うん」
夕花は満足げににこっと笑う。
畜生、可愛いなぁと心で繰り返す。

「よし、あんみつ食べに行くとするか」
「あんみつってどんなの？」
「なんだ知らねえのか。甘くてうめえぞ」
鋼の説明に夕花が目をキラキラさせる。
悔しそうな小町の、気の強い目つきがまた、いい。。

「あたしがケーキって言おうとしてたのに」
「あんみつで決まりだ。なぁ、夕花？」
「みんなであんみっつ、行こ−！」
夕花の元気な声が、高らかに響いた。


鋼の左手と小町の右手は夕花と繋いでいる。
鋼の右手と小町の左手は夕花の手袋に包まれている。

手袋は半分こだけど、身も心も二倍三倍の暖かさだ。
北風、どんとこい。

三人の影も仲良く手を繋いで、揺れていた。





　　　　　　　　　　　　　＜　one　glove　for　three　／　end　＞