９．　公園　


繁華街の片隅。
ちいさな児童公園は相変わらず、うずくまるようだ。

ペンキの剥がれたベンチ。蛇口のさびた水飲み場。あってもなくても同じような街灯に照らされて全てがみすぼらしい。元気なのは緑だけ。オシロイバナが去年と変わらずたくさん咲いている。初めてショーコに会った場所。

記念日を作りたがるのは女の子の常だが、間違いなく七夕は記念日だ。忘れていたと責められてもしょうがない。それだけショーコのいる日常があたりまえになっているからなんて言い訳になるかどうか。


見慣れた背中はそこにあった。見慣れたといってもまとっているドレスは初めて見るものだ。広くカットされた襟ぐり。二の腕を隠す長さの袖はまさしくカラーの花のよう。スカートも袖と同じシンプルなデザインだが、量感のある布地とパールが入った深紅の色合いがいつもより数段上の雰囲気を醸し出している。

こんな格好は見たことがない。見違える者だっているだろうが、この一年で彼女の輪郭はキングの脳裏に焼き付いてしまったらしい。

今日一日を思い返し、さぞやたくさんオシロイバナが摘まれて散っているだろうと思ったのに。予想に反してショーコの足元に花房は落ちていなかった。いつもよりさらに細くて高い深い赤色のハイヒール。レースのストッキングがドレスの下、足首からふくらはぎ、膝へと覆って大人っぽい。うつむいていたショーコがこっちを向いた。

「キング？　……飛行機、飛んだんだ」

驚いたはずなのに静かな声。気まずさを覚えながらキングは歩み寄る。

「どうしてここに。覚えてたの？」
「すまん。忘れてた」
「だよね」
「どうして言わなかった」

純粋な疑問だったが、ショーコは口を噤んで下を向く。去年のシザーズでショートに切った髪も肩の先まで伸びていたが、ヒデミの仕業だろう、長さをそろえふわりと内巻きに整えてあった。揺れるカールが眼に好ましい。

「馬鹿だよね。驚かせたかったの。驚かせて、なんていうんだろ。……褒めて欲しかったのかな」
「ショーコ？」

「素敵なレストランで、ドレスアップした姿で、ショーコも大人になったんだなって。ちょっとは……綺麗にもなったんだなって。言ってくれるのを期待しちゃった。バチが当たったみたい」
自嘲に声が苦くなる。

「別に悪いことを企んだわけじゃあるまい」
バチだなんて言いぐさにキングは苦笑するが、ショーコは眼を伏せる。

「自信がないから。記念日にかこつけてキングに言わせたかった。花が咲いたぞって」

声は苦しげだったのに、あげた顔には笑みがあった。泣き顔は予想してもまさか笑うとは思ってなくて。突き抜けたような表情がわからない。

「駄々こねちゃった。しょうがないよね。やっぱりバチだよ」
あまりない感情がキングの胸を騒がせる。

「ショーコ？」
「でも。今夜、逢えてよかった」
オシロイバナに指を伸ばしそっと触れる。かつて無造作に花を散らした指先が花を愛でる。

「一年前、ここがあたしの人生の転機だったよ」
「なんだいまさら」
「いいことなんか何もないって思ってた。なのに、この一年で今までの損ぜーんぶ取り返して、お釣りまでもらったカンジ」

「大当たりか」
「そう、大当たり。キングに逢うために貧乏くじばっかり引いてたって思えば、笑って振り返られるよ」
「すごい褒め言葉だな」

「それっくらい価値があるもの、キングは」

闇に淡く浮かぶ白い花の群れを従えた姿は、今にもほころばんとする赤い花のようだ。まっすぐ見つめてくる眼。

「ここで、声かけてくれてありがとう」

別の誰かを見るような気がした。何だろうこの妙な予感、嫌な焦り。だがそこでショーコの声は調子を変える。

「でも、約束破ったことは怒ってるからね」
「わかってる。悪かった」
「ほんとに思ってる？」

「ああ」
「じゃあお願いがあるんだけど」
甘えるような言い方にやっと安堵する。いつものショーコらしくて。

「おねだりか」
「三つね」
「三つ？」

「あんなにがんばって準備したのに、全部パーにしたんだから」
「一体何が欲しいんだ」
「実はね」
爆弾は、そのあとだった。

「あたし、田舎に帰ることにしたの」


しんと。
狭い公園が突然、静寂で満ちる。


言葉を失うという滅多にない状態で、キングはショーコをみつめるだけだった。





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