８．　路上　


Man　Hall　から目当ての場所まで、短い距離だというのに。


思いがけぬ男と出くわした。親しくないわりに顔かたちをしっかり見分けられるのは、それなりに縁があったからだ。相手も足を止めている。見つめ合うほど好意はなく、にらみ合うほど敵意はないというところか。もっとも向こうはどう思ってるやら。

「ヒロ、だったな」
「覚えてるなんて光栄だよ」
「今年もシザーズに出るそうじゃないか。たいしたもんだ」
「ヒデミさんのいないシザーズじゃ勝っても威張れねえけど」

カットカフェ・スタイルのヒロ。ここらじゃすっかり名の通った美容師だ。昨年までは腕はあっても浮ついたところがあったが、シザーズに出てからはそういうところも消えたらしい。今や名実共に店のトップとか。

キングにすれば意外だった。確かに腕は良かったが、叩かれ強いタイプにはみえなかったし、ヒデミとショーコにやられた時はひょっとしたら潰れるんじゃないかとも思った。というより期待していたのか。

完膚無きまでにショーコを踏みつけにした光景は今もキングの脳裏に鮮明だ。若いことはさっ引いてやってもいいが人間的にあまり上等な奴には見えなかった。まあ、どうでもいい。


「勝てばそれだけで威張れるだろう。健闘を祈る。じゃあ」
「ショーコを、探してんだろ」

思わず顔を見た。やっぱりなと言わんばかりなのが鼻につくが、キングのポーカーフェイスはこんなことで崩れはしない。

「会ったのか」
「今年のシザーズで、モデルになってくれって。さっき頼んだ」

さすがのポーカーフェイスも危うかったが、サングラスと無言がそれを支える。ヒロは構わずしゃべり続ける。

「なあどう思う？　俺がショーコをモデルにして出れば今年こそ優勝間違いなくねえ？」

挑発されているらしいと可笑しくなった。

かつてのキングは売られたケンカは金を出しても買った。目の前のヒロよりずっと若い頃の話だ。今、この界隈でキングに喧嘩を売る馬鹿はいない。ポーズすらとらない。こうも真っ向から売られることなど久しぶりで、快感すら覚えてしまった。

ついさっきまでどちらかといえば気に入らない方だったというのに、突然ヒロという男は気に入る方へ変わったようだ。面白い。それもこれもショーコがいたから。

ショーコ。


「……どこで見た」
「あ？」
「ショーコだ」
「向こうの、ってあんた、俺の言うこと聞いてたのかよ」

「聞いてるさ。向こうだな。精々しっかりやれよ。モデルがショーコの確率は相当低いと思うが」
笑顔で言い捨てるとキングは歩き出した。後ろからのわめき声は聞く耳持たない。

「っんだよ、どういう意味だ？　いらつくなあ、こっち向けよおっさん！」


あっという間に距離は空き、声は遠ざかる。怒鳴る割りに追いかけて来なかったヒロのことはあっさり忘れて、キングはひたすら先を急いだ。





　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　９へ＞