３．　神だのみ　


日本を出てから一ヶ月余り。ショーコからはメールが毎日届いた。日によっては二度三度。どれも他愛ない、面と向かってのおしゃべりと変わらないものばかりで、それもショーコらしかった。

掘り出し物が売れたからと宝円にボーナスをもらったこと。
エヴァと買い物に行ったこと。
ヒデミに新しいカットをしてもらったこと、などなど。


約束のデートについてのメールはことさらに念入りだった。「ニカ」という名のギリシア料理店。キングもまだ行ったことはないがこのところ人気で予約を取るのも大変と聞いている。

おそらくエヴァあたりのニュースソースだろう。ドレスコードもある店はいわゆる高級店。偉く張り込んだものだと感心した。

『すっごい美味しいんだって。ナイフとフォークの特訓してるから』

ずっとこのテンションだ。おかげで海外だというのにメールを読んでいると、隣にショーコがいるような錯覚を覚えるほど。なのに返信はわずかに二度だ。三度目がこれではと、自分でも呆れながらメールを打った。

”悪天候で飛行機が飛ばない。帰れるか怪しい”


ものの三分もしないうちに携帯が騒いだ。通話ボタンを押すやショーコが叫んでいる。

『なんで？　約束でしょ。まだ一日あるじゃない！』

時差がどうのこうのは言い訳にすぎない。もう少し余裕を持って帰るはずだったのが押したのは自分の判断だ。仕事だからと言うのは簡単だが、それでは約束の意味がない。


「すまない。天気が悪くてな」
『今、どこにいるの？』
「ニューヨークだ。店、予約してるんだろう？　日をずらした方が」
『それじゃ意味ないよ』
「意味？」

キングが問い返すと、携帯の向こうの空気がさらに硬化したようだ。


『……予約するためにエヴァを拝み倒したんだから。ぜーったい帰ってきて！』
「ショーコ」
『絶対だからねっ。言い訳なんか聞かないんだから！』

言うだけ言ってぷちっと切ってしまった。かけ直しても電源が落とされている。あまり無理を言わないショーコなのに今回はひどく思い入れているようだ。


帰ってやりたいのはやまやまだが。お天気ばかりは。
直行便も経由便も、まず飛ばないことにはしょうがない。


無宗教な日本人は頼る神にも迷う。八百万の神は異国の地にもおわすものだろうか。彼方で暴れる竜神を鎮めたまえ、などとにわか信心の晴れ乞いは効くのかどうか。


溺れる者はというけれど、藁すらない。
キングといえども今は祈るほかに出来ることはなかった。





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