夜も更けた繁華街の雑踏。

誰も彼も同じに見える中、ひょこひょこスキップするように歩く姿がアダムの目をひいた。こんなところに。


「ショーコ」

呼ばれて振り向いたショーコがえらく驚いた顔になった。


「アダム？　あれ、だって」
「だって、なんだよ」
「へ、いや、その」

どうしたものかとそんな顔でショーコはあっちこっちに眼を泳がせてからやっとアダムを見た。


「だってお店は？　お使い？」
「お使いってガキじゃあるまいに」
「もう。ああいえばこういう」

少し憮然とした顔でショーコは愚痴った。若いなと思う。自分でそうなのだから、キングにすればほんと子どもに思えるんじゃなかろうか。つくづく不可解だ。


「なあ」
「うん？」
「キングの恋人って大変じゃないか？」

唐突に言われびっくり眼のショーコが真っ赤になった。おいおい。


「なんか悪いこと言ったか」
「え、ううん、あの、キングのこいびと、って人に言われたの初めて、で」

自ら叫んで告白したくせに、人に言われるとオロオロするらしい。ガキだと重ねて思う。


「で、えっとなんだっけ」
「もういい」
「大変？　大変ってどういう意味？」

「……自分よりレベルが遙かに上の相手だろう。当然恋人になったら似たようなレベルを要求されるだろうし。不安とか自己嫌悪とか後悔とか」
「毎日」
「は？」

えらく簡単にショーコは答えてくれる。


「そんなの毎日。一日何回も。きりないよ」
「へえ」

そりゃそうか。そうだな。


「でもやめないわけだ」
「アダムは？」

斬り返されてしまった。


「アダムだってエヴァより年下で、いっちゃなんだけどオーナーとバーテンでしょ。あたしよりはずっとましだろうけど、不安とか自己嫌悪とか後悔とか、ない？」

答えるのは悔しかったが、正直な子どもに嘘はつけなかった。


「四六時中さ」
「でも、やめないんでしょ」
「やめない」

言い切れる。捨てられることはあるかもしれないが、自分から離れるつもりはなかった。今日みたいに喧嘩はたびたびするが、それでも。


「嫌いになることはあり得ない」
「だよねぇ」

同意が返ってきて思わず顔を見る。まるきり子どもだったのに、いつのまにこんな顔も覚えたのか。


「だったら頑張る方がいいもん」
「同感」
「だよね」

うなずきあうショーコにアダムは不思議な気分になった。もしかしたらこれは、さっきキングの言った関係に近いのかもしれない。戦友？　同士？　自分よりもずっと年下の、それも女の子だってのに。


「でもさぁ。大人って面倒くさいね」
「それは思う」
「いろんな事をもちょっと、ストレートに言ってくれると助かるのに」
「まったくだ」

「だけど最近ね、そういうとこわかってくると実は可愛いかもって」
「お、進歩したな」
「そう？」

やっぱりそうだ。ショーコとは同士になれそうな気がする。


「ねぇ」
「ん？」
「エヴァと喧嘩でもしたの？」

「なんで」
「だって。店の時間にアダムがこんなとこで油売ってるの変だもん」

そのとおりだから否定は出来ない。


「あのね、女の端くれとして言うなら」
「難しい言い回し知ってるな」
「読書が趣味なの、じゃなくて。仲直りにはお花とかいいよ」
「花ねえ。花束とか？」

仮にもゲイバーでバーテンをやっているのだ。釈迦に説法と思いつつ促してみる。


「それもいいけどエヴァは慣れてそうだから。一輪とかの方が効くかも」

ちょっと思案してみる。悪くないかもしれない。ぼつぼつアダムもうろつくのに飽きてきたところだ。


「わかった。参考にさせてもらう」
「よかった。あたしも帰るね」
「送らなくていいか」
「へーき。じゃあね」

走りだしたショーコをアダムは呼び止める。


「ショーコ」
「んー？」
「がんばれよ。キングに負けるな」

目を丸くしたショーコは、頷いてガッツポーズしてみせた。


「ありがと、がんばる。アダムもね。おやすみー」


大きく手を振ってショーコは駆け去った。ほんとガキんちょだけど。結構、女だ。みくびらないほうがいい。俺も帰るか。


振り向いたアダムの、３メートル先にエヴァが立っていた。





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