「なるほどね。そのヒロってのがあんたをふった、ろくでなしなんだ」

ビューティーサロン　Lemon　の店主・ヒデミはポンポン威勢のいいのが地だ。キングが苦笑し、ショーコが口ごもる。
「ろくでなしって」
「ろくでもないからろくでなし。女を公衆の面前で振るなんて最低ランクよ。あんた、やられた当人でしょうが」

反論できないのかショーコは手元のグラスをストローでむやみに掻き回している。近くの喫茶店からの出前だったが、ひとつだけ届けさせるあたりがヒデミらしい。
「どのくらいつきあってたの」
尋問めいてきたが、キングは黙って聞いている。

「半年…かな。今までで一番優しい人だったのに」
「あれが？　あんた男運悪いのねぇ」
言われっぱなしだが、ショーコは力なく呟くだけ。
「ナンパしてきたのあっちなのに」

「きっかけに文句いわないの。惚れた方が負け」
「…負け、なの？」
眼を丸くして聞き返すショーコ。
「負けでしょ」
「だって。恋愛って惚れて惚れられて、それでハッピーエンドでしょ？」

真顔で問われたヒデミはさらに呆れ顔になった。キングも同じく。あんな修羅場を演じた女とは思えない。不思議なくらい無邪気なことを言う。


「あんたいくつ？」
「二十一」
「まぁねぇ、夢があるのはいいけど現実も知りなさい」
「現実」

「あんたは惚れてたのにあっちはのりかえた。ろくでなしにとっては恋愛じゃなくてゲームだったってわけ」
「え、っと」
「だから、あんたの負けなの」

思っても見なかった答えを突きつけられたようだ。うなだれる髪を照明が照り返す。薄いブラウンをさらに薄くしたような色。手を伸ばすヒデミ。


「面白いわね。これって地色？」
答えのない顔をのぞき込む。
「ちょっと…あれ。名前なんだっけ」
終わりの問いはキングに向けられたものだ。
「ショーコだ」

呼ばれてパッと顔を上げた、彼女。
「なんで知ってるの？」
「さっきの男。名前呼んでたろう」
「それより、あんたの髪って染めてないの？」
ヒデミに強く聞かれてショーコが頷く。触れられるのが居心地悪そうだ。

「うん」
「へぇ珍しい」
「ヒロにもそう言われた。カットさせないって怒ってたけど。苦手だから」
「何が」

「髪、切られるのが」
「苦手って今までどうしてたのよ」
「自分で適当に」
「なんですってぇえ？」

突如大声を上げたヒデミが立ちはだかったので、ショーコがギョッとしている。キングはというと苦笑をもらしつつものんびり煙草をふかすだけ。


「うそ……あぁほんとだ。色に気をとられてて不覚だったわ。ザンバラじゃないのっ」
「えっと、あの」
「信じらんない。ろくに手入れしてないのね？　あ、化粧もボロボロ」
「え」
顔に手を当てショーコは逃げ腰になるが、椅子でがっちりホールドされていて意味がない。押しつけられるのはクレンジングクリームとティッシュ、コットン。


「早くとりなさい。赤くなってるわよ。敏感肌？」
「あ、アレルギーが」
「ならこんなの使っちゃだめでしょうが。このファンデ、コンビニで人気のルナシリーズね」

どんぴしゃり。唖然とするショーコの向こうでキングが呟く。
「相変わらず。メイクやヘアに関しちゃ生き字引だな」
「プロだもの。ルナは値段の割りにいい出来だけど、あんたみたいな肌には全然不向き」

手を動かさないショーコに業を煮やしたヒデミは、さっさとクレンジングをぬりつけパッパと落としていく。ショーコの抗議は弱々しい。
「だって。何使ったって駄目なんだから」
「そりゃ使って見なきゃ確かなことは言えないけど、そうねぇ。これなんかお奨めよ」

最後に乳液を押しつけてヒデミは鏡の向こうへ消えた。ガサゴソ引っかき回す音がした後、そろいのパッケージを二つ三つ持ってきてショーコの前に並べる。

「このazureはね、通販でしか手に入らないんだけど、日本人に今凄く多いアレルギー肌をターゲットに研究開発されたものなの。うちに来るアレルギーの娘も使ってる。試してみたら？」

とうとうと述べ立てるヒデミと、並べられた化粧品の間をショーコの目は意味もなく行ったり来たり。クックッと聞こえた笑い声に二人とも振り返った。

「いきなり商売っ気出すなよ。びっくりしてるだろう」
「うるさいわねキング。いいものは奨めなきゃ」
「この人、キングって言うの？」

間の抜けた問いを発したショーコは、今度こそ思いっきりバカにした顔でヒデミに睨ね　め付けられてしまった。