ショーコは競技中と寸分違わぬ状態のまま、周囲を取り囲まれていた。さっきまではてるてる坊主に自分を模していたが、凝視されている今はマネキンの首がふさわしいと思う。ほんとのマネキンならば耳元でああだこうだと批評する声も聞かなくてすむだろうに。

周りの審査員、さらにその外側を囲む出場者たちから向けられる視線は、かのメデューサならずともショーコを石に固めそうだ。とびかう細かく鋭いやりとりは専門的技術的なもので、ショーコにはぶんぶん飛び回るハチの羽音と同じ。ぴりぴりした雰囲気に全身が強ばり、笑みをかたどったままの口元はかちこちだ。


技術審査はカットを終えたその舞台上で、５人の特別審査員と出場者全員、およびそのモデルのみで行われていた。シザーズのスタッフが公正を期す証人として周囲で目を光らせていた。とはいえあくまでも下ろされた中幕の内側、舞台の後ろ半分でのこと。幕前では別イベントが始まっている。


客は大喜びだ。春クール、高視聴率のうちについ先日、最終回をむかえたドラマ「マジック」に出演していた若手俳優の丹澤南たんざわみなみ　と小津伯人おづはくと　がゲストだったから。ともにドラマで美容師を演じ、主演でこそなかったが重要な役所で注目されたふたり。

彼らのスタイリスト・美容師も交えてのヘアメイクにまつわるトークショーは、司会者・友川の絶妙な回しのテクニックが冴えているようだ。どちらも機嫌良くいろいろな話題を引き出されており、観客とにぎやかに盛り上がっているのが伺える。

幕のこちら側では審査員の問いにヒデミが応えている。ショーコが聞いてもわかりにくい話を客に見せたところで面白くはないだろう。中幕を締めてわざわざ別イベントをたてるなんてと最初は驚いたが、客を退屈させないシザーズらしいプログラム構成だ。


「独創的だな」
「意外だ」
「いいわ」

ヒデミのカットに嘆声をあげる審査員たちは、ショーコが見たことのない顔、肩書きばかりだ。ヘアモード界の重鎮、人気モード雑誌編集長、美容師学校校長、ファッションデザイナー、映画衣装デザイナーといった面々に対し、いつもと変わらぬヒデミは改めて実力のある美容師なんだと感じた。



そのヒデミにも感慨はあった。

今の時代、ヘアコンテストは公式のものからただのイベントまで星の数ほどあるわけだが、中でもシザーズは異色だろう。地域限定で審査方法も独自の上、イベントが先にありき。ヒデミが優勝した第一回当初はこの大会に権威はなく、結果も地域イベントとしてはともかく業界にはろくに認知もされなかった。

それが年を重ねるにつれ、観客の支持で決まることで人気が集まり、技術審査もきちんと行っている点で業界筋も認める注目の大会へと育ってきたのだ。

その過程を二年目以降、目の端でずっと傍観してきた身にすれば、第一回優勝者などと持ち上げられても面映ゆくビターな響きしかなかった。現在いま　のシザーズに価あたい　する力が自分になければ、過去の栄光にも意味はない。


この十年の自分には誇れることなどなかった。それを責めず見捨てず支えてくれたキングやエヴァの友情。彼らの信頼に応えられる自分でありたかった。情けない十年にも意味はあったと思いたい。この挑戦は何よりも自分自身にとって必要かつ重要なのだ。

審査員からの矢継ぎ早の問いに応え、周囲の反応も読み取りながら、ヒデミは次のメイク＆スタイリングを今かと待っていた。心密かに。





激しくライトが点滅する。エレキギターの派手な音が長くたわんでぎゅっと締まる。そのビートに乗って水着のモデルたちが軽いステップで次から次へ、客席を二つに割るように長く伸びた舞台の上を颯爽と進む。夏の陽がここぞとばかり強く照りつけ、小麦色の肌、白い肌、それぞれを魅力的に輝かせるのをキングは見守る。


ミニライブが終わるとすぐに水着ショーへと転換した第１会場のステージ。女性雑誌に加えて会場すぐそばのデパートともタイアップしたショーはアンケートも兼ねていた。


『さあお待ちかね、みんなの手元にあるアンケート用紙対象の水着が登場だ。是非参加してくれ』

司会の近末が耳に心地よい声で説明する。


『「自分が着たい水着」「相手に着て欲しい水着」それぞれ三つ選ぶだけ。番号には切れ目が入っていて半円に折り込める。気に入った水着の番号を区別がつくようにはっきり折ってくれよ』

近末が見えるように振り回しているアンケートは、会場入り口で観客全員に配られている。


『入場口脇に男女分けてブースが作られてるのが見えるかな。用紙を持って行くと確認の上、引き替えに清涼飲料水がもらえる。冷え冷えでしかも新発売。誰より先に味見できるよ』

ひょうきんな口調にそこここから笑いが漏れている。近末の独壇場か。


『これから登場の水着は近くの二世丹デパートでも販売してる。気に入ったものがあったら、飲料水についているクーポンを使えばなんと、５パーセント割引だ。この夏の水着、おすすめだね』

至れり尽くせりのアンケートは投票率がすこぶる高く男女問わず人気の企画だ。モデルが入り乱れるステージは目の保養、華やかというよりも艶っぽいが、夏の露天には似つかわしいと言える。


舞台袖にいたキングは、出待ちしているモデルに目をとめた。街着にもなりそうなセパレートのデザインはここ数年のスタンダードだが、気になったのは何故だろう。自分をいぶかしんだキングだがすぐに悟った。ショーコに似合いそうだと思ったからだ。

細い肩紐に吊られたストレートラインの胸元に対し、背中は肩紐に縁取られて大きくＵ字型に空いている。トランクスタイプの下にシャギースカート風のパレオがついていて、ふわりと風になびく。いつみても折れそうなほど細いショーコの足をきれいに包み込みそうだ。

それよりもう少し太った方がよさそうだが。キングの意識がふとそれる。あの食生活では難しそうだ。食べることには無頓着なショーコは実質一日二食。下手すると一食になりかねない。困った娘だと思う。


『キング』

インカムが呼ぶ。

『第２会場、メイク＆スタイリングに入った。トークショーも終盤』
「了解」

最終競技の時間は４０分。シザーズ人気を押し上げた理由はこっちにあると言ってもいい。与えられたテーマに時に添い、時に反逆した姿へと変身を遂げるモデルたち。今年のテーマは『　ヒロイン　』だ。

ヒデミがどんな風にショーコを作り上げようとしているのかはキングも知らない。エヴァやキングの助言は借りても、これはヒデミのチャレンジで勝負なのだから、最後のイメージはヒデミだけが知っている。

一体どんな。


『じゃあいこう。今年の新着水着、登場だ』

司会の近末が叫んでキングは我に返った。現場で気をそらすことは珍しい。スタンバイしていたモデルが動き出す。キングが目をとめた水着も４番目を進んでいく。モデルが現れるたびに湧く歓声。


会場に油断なく目を配りながらも、キングは第１会場へと思いをはせた。競技が終わる頃、こっちのショーも終わる。その後がシザーズのクライマックス。第１会場、第２会場、二元中継でのアピールタイムだ。


うまくやれ、ヒデ。
ショーコ、俺を見返せ。


もはや念ずることしかできないのが、もどかしく面白い。滅多にない自分の感情の揺れ、ビブラートに焦れったさがつのる。腕時計の秒針がのろのろと刻む、その先をキングは強く待ち望んでいた。