セレモニーはどんなものでも、そのうち客は退屈する。最初に退屈されては本末転倒だ。というわけでサマーブルーフェスティバル＝ブルフェスにおいて、セレモニーと言えるのは開会宣言のみだった。あとは司会者が引き受けそれらしきことを付け加えている。

第一会場の司会者は近末六郎ちかまつろくろう　だ。しゃべりの達者な中堅タレントで、評判がいいためこの3年続けて起用している。ほどほどに名も売れていて、時々「チカマー」と声がかかる。


『ありがとー。それにしても毎年見事に晴れるよねぇ。僕はブルフェス三年目だけど、まだ一度も降られてないよ。え？　十年雨なし？　そりゃすごい。晴れ男に晴れ女ばっかりなのかな、この界隈は』

どっと受けるのは緩急つけた呼吸の絶妙さだ。彼をひっぱってきたのもキングだった。結果には皆満足している。


『十年続いてる祭りだけど、今年初めての人もいるよねもちろん。一番有名なイベント、知ってる？　そう、シザーズ！』

近末の呼びかけに応えて歓声・嬌声・悲鳴があちこちからあがり、合わさって怒号になる。地鳴りにも似ている。


『おーすごい人気。さすがメインイベント。じゃあお待ちかねの出場者たちを紹介しよう』

わーっとあがった声はまちがいなく歓声だった。


夜の店をたくさん抱える街は美容院も数多い。その中からシザーズに選出される店は７店と決まっているが、今年は特別。十周年のシード権行使で加わったヒデミを入れ、８店から８名だ。


Ｅ２（EleganceExciting）の伊沢　充みつる　、マキシマムの大浦このみ、Violet　Madam　の増居つくも、KIRAの梶川昇、MIDNIGHT SUBMALINE　の峰　六日　みねむいか　、カメレオンの笹見礼奈、スタイルの檜垣芳弘、そしてLemonのヒデミ。


ステージに８人が居並んだ。店名と名前を紹介されるたび、各店の応援だろう、どこかの一角がわっと叫んで盛り上がる。声援に応える出場者は緊張しているものの、臆するよりは意欲が勝ってギラギラしたまなざしだ。


キングがヒロを見るのは二度目。あの、ショーコがこっぴどく捨てられた夜以来か。こうして明るい日差しの下で見ると、あのときほど卑小にも酷薄にも見えない。単に若いなと思うだけだ。

予想以上の観客の多さと押し寄せる歓声に驚きながら、気後れするまいと踏ん張っているが、口角の端がぴくぴくとひきつっている。コンテストの経験はあるのかどうか。いずれにしろこれだけの大舞台は初めてなのだろう。司会者のインタビューに答える声も上擦りがちだ。


「ここに立てて嬉しいです。必ず勝ちます」

空元気だなとキングは唇をゆがめた。とはいえ向こうっ気の強い奴は嫌いじゃない。


『さてスペシャルエントリーは第一回シザーズ優勝者で伝説のカリスマだ。Lemonのヒデミ！』

歓声はヒデミの登場でどよめきに変わった。そりゃそうだろう。カリスマ云々はともかくヒデミは、そんじょそこらのモデルよりもずっと見栄えもインパクトもある容姿なのだ。

いつにもまして輝くブロンドは真っ赤なヘアバンドでおさえ、シンプルなＴシャツとジーンズにカフェエプロン、要するにいつもと同じ。身につけているのはラフに見えてすべてブランド品だったりする。上質で気に入った物をセレクトするのがキングと似通っているところだ。

だからってブランドで人目をひいているわけではない。あごを引いてぴんと背筋を伸ばした姿勢といい、挑戦的な目つきといい、全身からにじみ出るオーラがヒデミにはある。まさしく。


『伝説のカリスマに会えて光栄だよ』
「ふふ。今日負けちゃったら、伝説の見届け人ってことになるわけね」
『こりゃ厳しい。負けるつもりなんてあるの』
「十年よ？　もうあたしもロートルだし、モード最先端ってわけにはいかない。でも、勝負は時の運だし」

きれいに描かれた眉がつり上がる。
そうだ、もっとあおれ。


まるでキングの内心が聞こえたみたいに、ヒデミがちらりと視線を流した。舞台度胸ならヒデミに勝てる奴はいない。


「勝利の神様はゲットするわよ。ハンサムならなお、歓迎」

笑いと歓声は再び怒号になった。手を振るヒデミに観客が喜ぶ。まずまずのスタートと満足しながら、キングはインカムから司会者へ指示を送る。


『さあ、モデルたちは第二会場で待ってる。競技開始は１１時からだ。出場者にはボツボツそっちへ移ってスタンバイしてもらおう。彼らの超絶技巧とモデルの変身を見逃すな！　十周年、今年のシザーズは誰か？　お楽しみに』

ジャーンとＢＧＭが流れ出す中、退場していく出場者に覆い被さる歓声。舞台袖のキングとすれちがいざまにヒデミが楽しげにささやきかける。


「今頃あっちで子猫ちゃん、ぶるってるわねきっと」

確かにそうだろう。キングもまた笑いをかみ殺す。舞台上では司会の近末が、プログラムを進めようと声をはりあげる。


『次はお待ちかね、今「Beach　Queen」がヒット中。美形ユニットキューブのライブだ！』


つんざくような悲鳴がステージを包む。ヒットチャートを賑わすアイドルグループが舞台に飛び出そうとしていた。