週末のMan　Hall　が盛況なのはいつものことだ。にぎやかな店内は客で溢れかえり、とびかう指名にホスト達も元気一杯に応える。それが　Man　Hall　の常だった。


最近のランキングはというと、依然トップを維持しているのはトオル。次点がアキラ。３位をテルとマサシが奪い合っている。新人で今、ダークホース的存在なのがフジだ。黒いチタンフレームのメガネをかけた彼はこれまでいなかったタイプで、人気は花丸急上昇。トップにはまだ遠いが、中堅どころのケイやヨウジに食い込もうと意欲満々だ。同じく新人・イチはまた違うタイプで、こちらも虎視眈々と上を狙っており、皆の刺激になっていた。



７月初日、突然飾られた笹竹とともに始まったキングの気まぐれイベントは七夕由来だった。訪れるレディーには一人一枚の短冊が渡される。書こうと書くまいと本人の自由だが、願い事を書いた短冊を笹につるしたレディーには、小さなプレゼントが用意されていた。ストラップ、ピンキーリング、ピンバッチ、ピアス、口紅、マニキュア、などなど。いかにもキングらしい上質な小物ばかりで、受け取った誰もが喜んだ。


噂が噂を呼んだ。七夕の今宵は短冊を求めて、近頃ご無沙汰だった常連はもちろん新規の客も押し寄せている。その効果にケイも唸った。
「さすがだよね」
「でもさぁ。出費も安くないじゃん？　手間もかかるし」
そういうヨウジをアキラが鼻で笑う。

「キングはああいうの楽しみなんだよ。細々したことがちっとも苦にならない人さ」
「へーぇ」
「多分、商売気で思いついたんじゃないぞ、あれ」
トオルが少し呆れ気味に言う。

「どういう意味？」
「単に、客を喜ばせたかっただけじゃないか？　あの人そういうところがあるから」
その場の全員が納得した。そういうところ、彼が持つゆとりや余裕こそが、Man　Hall　を他とは違う、一段も二段も上の店にしてきたのだから。



キングがオフィスルームに入るとすぐ、ケイが顔を出した。
「失礼します」
「入りは良さそうだな」
「満員御礼ですよ。プレゼントも残りわずかです」
「追加だ」
渡された紙袋の中身に、ケイが眼を丸くする。

「今夜だけなのに？　余りますよ」
「最終日だからな。閉店まで居たレディーにおまけしてやれ」
「…了解です。みんな喜ぶでしょう」
クスクス笑う彼をキングがじっと見た。ケイが真顔になる。
「何か」
「いや。受け答えがレンに似てきた」
「…嬉しいですね」
懐かしい名前を嫌がるどころか喜ぶあたりがケイらしかった。

「せっかくだから今夜は顔を出すか」
「珍しい」
「七夕だからな。織姫たちに挨拶しよう」

年に一度というのはオーバーだが、キングがフロアに現れるのは多くて月に２，３度。忙しいと三ヶ月に一度ということもある。稀だから余計に彼の存在は神格化されていく。

「キング？」
「ねぇねぇあれって」
「うそ。ホント？」
「キングーっ！」
小波のように興奮はフロア中へ広がり、熱気へと変わる。


「……すげぇなおい」
「あぁ」
カウンターで一休みしていた新人達は眼を見張った。フジとイチはフロアに出るようになってまだ３ヶ月。キングをオフィスでなく、店内で見るのは初めてだ。話には聞いていたが。

「参るな。あの人もしかしたら俺等の倍、年くってるのに」
「Man　Hall　のオーナー。伝説のホスト、か。看板は伊達じゃない」
アイドルのワンマンショーみたいに、フロアを一巡りしていく彼。レディーは一人残らず憧れのまなざしであがめ、追いかける。ホスト達ですら。


「イチ、フジ。君たちが見取れてどうするの。７番と１５番、およびだよ」
ケイの声に我に返った。フジはメガネを拭き、イチはグラスを飲み干す。
「気合い入れるか」
「オウ」

新人だろうとトップだろうと、しのぎを削らなきゃ生き残れない。生き残るつもりがなければここには立てないのだ。競い合う彼らがいるから　Man　Hall　は一目置かれる店で在り続ける。



フロアに戻ったキングはケイを呼び、いつも通りあとを任せた。
「短冊は回収してこれまでのと一緒にしといてくれ」
「どうするんですか？」
「仮にも願い事だからな。今度知り合いの神社で燃やしてもらう」
「なるほど」
誰にもわからないからとゴミに捨ててしまわないのがキングだ。ケイの中でまた、彼への評価が高くなる。

「新人もやってるな」
「ええ。フジもイチも上昇志向が強いので」
「悪い事じゃないが目を離すなよ。時々手綱を締めてやれ」
「わかってます」
「じゃあな」
「お疲れ様でした」

オーナーへ畏敬の念を込め、ケイは深く一礼した。