「素人なのは百も承知ぃ。たかだか一週間かそこらでショーモデル並みを要求する気はないけどぉでもねぇ、シザーズも１０年前とは違うのよぉ」

苛立たしげに灰皿の上で煙草を叩く指先は、最新流行のネイルアートで覆われている。キラキラ光るスワロフスキー。


「キングが知らないわけないわよねぇ。テレビが入ってからどの美容室もぉ連れてくるのはモデルとかホステスとかぁ、それなりに自分を見せることを知ってるセミプロばかりぃ。去年なんてプロのショーモデルが居たじゃないのぉ」

エヴァの言うとおりだった。人気も注目度もあがったシザーズで、優勝するために皆モデルにも力を入れる。なにしろ観客が決める審査なのだ。見せ方を知っているモデルの方がいいと考える。もっともライブの面白さは、そういう計算がそのまま通らないところにあるのだが。


「どうしてあの娘なわけぇ？」

睨ね　め付けてくるエヴァにキングは顔色も変えない。


「決めたのはヒデだ」
「認めたんでしょぉ？　１０年ぶりにチャレンジさせるそのモデルとしてぇ」

エヴァとて繁華街で人気の店のオーナーだ。キングに臆するところはない。


「納得できないらしいな」
「だってぇ。押しが弱すぎ・気合いが足りなすぎ・自信なさすぎぃ」

甘ったるい話し方なのに吐き捨てるようなきつい口調だ。


「カットも衣装も結局はモデルあってこそよぉ。全部足りないんじゃ負けるに決まってるでしょぉ」
「断言か」
「事実負けてるのぉ。叩かれてへこみっぱなしのヤカンよあれはぁ」

キングが思い浮かべたのは飾りもそっけもないアルミ製のヤカンが、べこべこにへこまされていく様だ。へたすりゃスクラップだな。


「明日だってのにぃ。勝ちの目がまるきり見えないってどうよぉ？　あたしのヒデに黒星でもつけようものならあの娘ぉ、生きて帰さないわよぉ？」

くるりバネの如く巻いたまつげと、くっきりアイラインにふちどられた瞳が、形だけ笑みを作っている口元とは真反対の本気を告げている。鬼気迫る。キング以外の人物なら逃げを打つところだろう。


「ねぇ、どうしてぇ？」
「ポテンシャル、かな」

意外といわんばかりの顔をするエヴァに、気負いなく答えたキングが自らグラスをとって酒を注ぐ。


「あくまでも直感だが」
「なにそれぇ」
「２週間前のショーコはヒデに髪を切らせるなんてできなかった」

エヴァが口を噤んだ。記憶をさぐっている。


「ついでにいえば男が怖い」

眉間に皺を寄せて差し出されたグラスを受け取ると、エヴァは軽く口を付ける。ピンクのルージュがサインのように痕を残す。


「あの娘の中にはいろんな矛盾が詰まってる。あの娘自身がその中で足掻いてる。それがそのまま可能性だ。俺もヒデもそう感じた」

サングラスの顔をエヴァへと向けるキング。


「少なくとも人目をひくなにかがある。それはおまえもわかってるだろ」

反論はないが肯定もないのがエヴァの抵抗というところか。黙して十数秒、エヴァはまだ不満げに短くなった煙草をひねりつぶし、新しく取り出した１本をもてあそぶ。


「ギャンブラーばっかで困るわぁ。ヒデはあとがないのよぉ？」
「ショーコがいなきゃ、ヒデは勝負にのらなかった」
「そういうけどあの娘は気概がなさすぎぃ。信用できないわぁ」

異論を唱え続けるエヴァにキングが苦笑する。


「そんなに不満か」
「キングの言うポテンシャルってのがあたしには見えないんだものぉ。ただのびびってる子羊ちゃんよぉ。結構追い立てたのにぃ」
「手を貸しすぎたか。なら……突き飛ばさないとな」

突然、豹変した物言いにエヴァが目を瞬いてキングを見る。


「板に乗っからないうちにぃ崖から落っこちたらどうすんのぉ」
「どのみち土壇場だ。必要悪ってのもある」
「……やっぱり怖い男よねぇ」

すねていた口元が呆れ気味に解ける。再び加えた煙草に火がつけられて、深く吸い込んだエヴァは満足げな吐息と一緒に煙を吐いた。


「ならいい。もうアタシはやることやったからぁ」
「あとでヒデにも言っておくさ」
「そうしてぇ。……明日、楽しみにしてるぅ」
「あぁ」
「ポテンシャル、かぁ」

煙草を置いたエヴァはグラスをとって、カラカラ鳴らした。


「あなたが女の子にそう形容するの、はじめて聞いたわぁ」


キングが返した笑みはMan　Hall　を漂う空気に似て、どこまでも曖昧な色だった。