Homeメニュー   <back  next>


26話 「常連」



時間は数刻、遡
さかのぼ る。


キングのオフィスルームへ、ノックと共に現れたのはケイだった。特に珍しいことではないので見ることなくキングは問いかける。


「何だ」
「ご指名なんですが」

数字の流れる画面からケイの顔、ストレートの髪が囲う整った造作へと眼を転じる。その表情は少し困って見える。


「誰を」
「オーナーを」
「誰が」
「ブーケ
Bouket のオーナーです」

エヴァがパッと浮かんだ。他を寄せ付けぬ派手な装いはいっそ潔いともいえる。決して嫌いなわけではないが。


「シザーズのことでどうしてもと」

キングが漏らしたため息は、断る算段を許さない相手への賛嘆でもあった。エヴァから逃げるのはいつも至難のワザ。勝率は負けが込んでいる。


「誰かヘルプ入れてくれ。じきに行く」
「お願いします」

明らかにホッとした様子で、でも少し申し訳なさそうにケイが言う。キングの代わりにフロアを束ねることもすっかり板に付いた彼だが、太刀打ちできない常連客はいる。遼子然り。エヴァ然り。


「気にするな。今夜店に居るのがバレてるんだろう。祭りの前だからな」
「ええ。例年ですから」

わかりあった笑みを残してケイはフロアに戻っていった。キングはやりかけの仕事に片を付けるため、パタパタとキーボードを叩きはじめた。





キングがフロアに現れると空気がさざ波になる。囁きが波紋になって隅々まで広がる。


「キングよ」
「ウソ」

わかっているから必ずフロアを一巡りする。サービスと同時にホスト達への刺激にもなるからだ。ようやくたどり着いた席では、エヴァの相手にケイ自らヘルプに入っていた。


「待たせて悪いな」
「どういたしましてぇ。王様のお出ましに時間がかかることくらいわかってるわよぉ。ケイ、ありがと。楽しかったわぁ」

ぶちゅっと、音がするほど派手なキスを頬に受けて、ケイはにっこりする。動揺の欠片もない。


「楽しかったのは僕の方ですよエヴァ。あなたとのおしゃべりは興味が尽きない。是非また話を聞かせて下さい」
「あらぁ嬉しい」
「では失礼します。ごゆっくり」

エヴァの指先にキスをひとつ、キングに会釈して立ち去るケイにはたくさんの声がかかる。
「ケーイ」
「久しぶり」
「ケイー」
それらを笑顔でふりさばいて歩みを止めぬ背中が頼もしい。


「ずいぶん洗練されたじゃなぁい? 彼」

メタリックゴールドのシガレットケースからすらりと長目の一本を取り出したエヴァの、口元へ持っていったキングの手にはライターがある。カチリとつけた火に煙が続く。


「ああ。元からいいものは持ってる奴だが、ちゃんとそれを磨いてる」
「それ! そうでなきゃあ。ねえキング、そういうものでしょお?」

突然エヴァの声が不機嫌に変わった。キングがサングラスの陰で眼を細める。


「玉だって磨かなきゃ駄目なのよぉ。ましてやただの石っころは叩いて削って、せめて丸くならなきゃ見るに耐えないわぁ」
「エヴァ?」
「あなたとヒデの審美眼には信用置いてるけどぉ、今度ばかりは疑ぐってるのぉアタシ」

そこまで言われればわかる。何を言いに来たのかも。


「ショーコか」
「決まってるでしょぉ。あの子羊ちゃん、箸にも棒にもよぉ」

膨らませた頬。尖らせたピンクの唇から煙が盛大に吹き出される。
眉間の皺がエヴァの怒りを代弁していた。





Homeメニュー   <back  next>