口やかましい姦かしま　しいかまびすしい。女の井戸端会議にこそ似つかわしいはずの言葉が、ぴったりだ。

ひとつ７００円から８００円のお弁当を囲んで飛び交う会話は、打ち上げ花火みたいだとショーコは思った。一発上がるとバチバチとそこら中から歓声が爆ぜる。それが消えぬうちに別のが上がってまた爆ぜて、その繰り返し。口を挟むなどとてもできないが、それでも尻尾をいくつか聞きかじってわかったことがあった。


クジャクなエヴァはブーケという店のオーナー。パートナーのアダムはバーテンだという。エヴァとヒデミは古い友人でLemon　も贔屓にしてくれているらしい。

ついでに今日集まっているのは全員、ブーケのバーテンとウェイターだった。ヒデミが呼んだのはエヴァだけなのに、店主が勝手に引き連れてきたのだとか。えらく勝手な店主だが誰も文句を言わないのは慣れているのか。店主の性格を推して知るべし。

要するにエヴァは、クジャクの容姿を女豹の強かさで裏打ちした人物なのだ。花なら薔薇。咲き誇る。君臨する。彼女が男だということも、パートナーが彼だということも、目の当たりしなかったらショーコはなかなか納得できなかっただろう。ふたりの組み合わせはどこかちぐはぐな印象があった。

アダムはエヴァよりもかなり年下で、最初の印象どおり忠実な番犬の風情だ。威風堂々としたエヴァに心酔して従っている。そこにショーコは違和感があった。エヴァはもっと強い男でないと似合わない気がするから。いずれにしろ大柄な二人が並ぶと迫力だ。


半分残したお弁当のふたをしめながら、ショーコはまたため息になった。そっと目をやる周囲はヒデミとエヴァを除くと男ばかりで……違う。全員男だった。男に囲まれている。昨日までの自分だったら、脅えていただろう。


怖くならないわけがない。
あんな目にあったらあたりまえなんだ。


ふと湧いた考えに素直に納得した。これまでならきっと思いもしなかった。今朝から不思議と視野の広がりを感じる。

怖い男もいる。
でも怖い男だけじゃない。たとえば。


「ショーコ」

顔をあげるとヒデミが鏡前の椅子に手をかけこっちをみていた。
こないだできなかったこと。
ヒデミが、切る。

周囲の連中は食後の余興とでもいった顔つきだ。ヒデミの右手にハサミ。意志はあるのに進まぬ足が情けない。ヒデミは励ますように話しかけてくる。


「本番は観客がいるでしょ。それも半端じゃない数よ。カメラがスクリーンに映し出すし。あたしたちはステージの上だけど全員並ぶの。左右に他の美容師がいて。みんな、ハサミを持ってる」

観客。カメラ。ハサミ。ヒデミが語るイメージに自分の迂闊さを思い知る。そんなこと考えもしなかった。


「だからキングが荒療治に出たわけ。ここで、あたしとあんただけでカットできたとしても、当日できなきゃ意味ないのよ」

そのとおりだ。カットモデルとしてシザーズに出ることがどういうことか、まるでわかっていなかった。恥ずかしくなる。あんな脆い決心で危うく、ヒデミの勝負を滅茶苦茶にするところだった。考えに気を取られて動かないショーコにエヴァが焦れたようだ。


「ちょっとヒデ、この娘大丈夫なのぉ？　可愛いだけじゃないでしょうねぇ」

エヴァの声音は高飛車な口調に疑いを込めている。ショーコはぐっと顎をひいた。


「大丈夫に決まってるでしょ。あたしとキングが見込んだ娘なんだから」

ポンと椅子の背を叩いて促された場所へ、ショーコは今度こそ自ら進んで収まった。くるりと鏡に向けられる椅子。衆目の中、ショーコの髪を念入りにブラッシングをしたヒデミは、つむじあたりの髪を左手指に挟み取る。シャキンと。あっさりハサミは鳴った。ありふれた音。鏡の中でヒデミと絡ませる視線に問いと答えがあった。ヒデミが微笑んでエヴァを見る。


「ほらね」
「何？」

得意げなヒデミだが、ショーコの事情を知らないエヴァにはわけがわからないだろう。


「カットを見物させるために呼んだわけ？」
「まさか。シザーズだってのに」

エヴァの細く描かれた眉がつり上がる。

「そう、シザーズよ」



フェスティバルのメインイベント「カリスマ・シザーズ」は地元主催だけあって、客を惹きつけ楽しませることに熱心だ。審査に観客を参加させるのもそのためだった。技術についてはゲストでもあるプロが採点するが、モデルをいかにテーマに添って効果的に変身させたか。素人目に魅力的であることがシザーズでは最重要ポイントだ。


「テーマは？　決めたわけ？」

ハサミを置いたヒデミはショーコが座っているカット用の椅子をくるりと回した。エヴァと、その後ろのアダム、さらには店の連中に真正面から顔を合わせることになる。気圧されそうになるショーコの両肩に手を置き、頭に顎を乗せてヒデミが聞く。


「あたしとショーコ、ふたりの勝負なんだけど。やりたい？」

ムッとしたエヴァの後ろ、クックッと押し殺した笑い声はアダムだった。すかさず彼の頭に拳固を食らわせてから、見た目はあくまでも渋々といったポーズで、エヴァが言う。


「ここぞって時に性格悪いんだからぁ、あんたってぇ」
「エヴァの親友だもの」
「理由になってなぁーーい！」

どっと全員が爆笑する。つられて笑ったショーコにアダムがウィンクをよこした。わけもなくホッとする。


「さて。じゃあブーケの女王様のご意見を拝聴しましょうか」
「任せなさぁいって！」

ヒデミとエヴァの声に気合いがあった。すでにプランがあるに違いない。ハードル競技ならばとっくに最終直線を走っているヒデミに対して、自分はようやく一つめをクリアしたばかり。なのにゴールはすぐそこに迫っている。現実に武者震いがしてうなじの毛が逆立つ。


ああだこうだと意見がとびかう店内。逃げ出したくなる衝動を必死でこらえるショーコに、エヴァの鋭いまなざしが注がれていた。