「たっだいまー」

上機嫌でドアを押したヒデミのあとから、脇に傘をはさみ両手にお弁当入りのビニール袋を提げて続いたショーコだったが。


「「「おっかえりーぃ」」」

思いがけず低い多重唱のコーラスに迎えられて驚いた。これまであまり客を見たことのない店内が人だらけだ。男ばかり。いや、女もいる？　ド派手な羽を広げたクジャクみたいな人にヒデミが声をかける。


「留守番ありがと、エヴァ」
「どういたしまして。ねえねえもしかして」
「そう、この娘」
「きゃーラッキー！」


え。
あ？
お！

両手のお弁当を投げ出すこともできず、逃げるタイミングを失ったショーコはクジャクな彼女のタックルに似た抱擁で後ろから抱え込まれてしまった。背中にあたる胸の感触が平べったい……男？　結局ショーコはお弁当を取り落とす。


「つーかまえたっ」
「きゃああっ」
「やーだ細いーかわいー」
「は、や、離してぇ」

「……エヴァ。怖がってるからやめなさいって」
「だってえー、ここらでこんな子羊ちゃん滅多にお目にかかれないんだもーん」
「ヒデミさあああん」

泣きださんばかりのショーコにそこにいた全員がドッと笑った。ヒデミまで。恐怖にすくみ上がりながらも憤慨したショーコがにらむとあわてて救出に来る。


「ほらほら、これ以上ご機嫌損ねられたらあたしが困るの」
「えー、つまんないー」

「キングに言いつけるわよ」
「やん」
「エヴァ」

のらりくらりと放そうとしないエヴァにヒデミがしびれをきらしかけた時。ショーコの拘束は不意に解かれ、前のめりに膝を突いた。ふり仰ぐとエヴァのうしろで彼女の手首をつかんで、大柄の男が苦笑していた。丸っこい瞳が柴犬みたいだ。


「女の子脅すんじゃないの」
「ちょっとアダムぅ、ひどくないー？」
「非道いのはどっち？　抱きしめるんなら俺でしょうが」
「ヤキモチ？　アダムったらぁ。んーっ」

つかまれていた手を彼の首筋に回し、ふたりはキスを始めてしまった。濃厚でディープなのを。口笛と冷やかしが飛び交うがお構いなしだ。見た目は普通のカップルとはいえ、ラブシーンをまともに見るなど初めて。座り込んだそこでまた固まるショーコ。どうすりゃいいの。

幸い、事態を収拾するエキスパートがいた。抱き合うどちらもショーコはもちろんヒデミより背が高かったが、テーブルの上から取った雑誌を丸めたヒデミはためらうことなくふたつの頭を続けてはたいた。


「てっ」
「ったぁあ〜い」
「ひとんちで生々しいのを始めなさんな。アダムまで調子に乗って」

冷ややかな声でにらまれアダムと呼ばれた方は首をすくめたが、エヴァはまるで堪えてない顔だ。


「もぉー。ヒデったらさっきから意地悪ばっかりぃ」
「見世物させるために呼んだわけじゃないわよ、エヴァ」
「呼んだ、って？」

勢いのある丁々発止。ショーコがそこに口を挟めたのは偶然だったが、エヴァもヒデミもアダムも。他の連中もこぞってふり返った。


「……そうだったわねぇ」
「そうよ」
「ヒデミさん？」
「食べてから。みんなメシよ。各自とってー」


雰囲気はがらりとランチモードに切り替わった。その見事さ。ヒデミの横に座ってまたしゃべり出すエヴァ。彼女に箸で食べさせかねないほど甲斐甲斐しく世話を焼くアダム。彼らを囲んでさらににぎやかな面々。

ガックリ脱力しても誰にも気に留めてもらえず、仕方なくショーコも弁当を取り出したのだった。