ワンフィンガーのスピリットは鋭く口内を刺したあと、まろやかに溶ける。

ショットグラスを手にソファの背に寄りかかったキング。膝で眠っているのはジンではなくショーコだ。泣き疲れたまぶたは腫れて目尻も鼻の頭も赤くした、安らかな顔。見守るキングにも安堵があった。

賭けは勝つ自信があってこそやる。ショーコが自分自身に打ち勝つのはキングの想定内だったが、いつだって不確定要素はあるから。たとえばさっきの自分みたいに。


ショーコに降りかかったことは不幸だったが悲劇ではない。夜の裏に棲めばもっと悲惨な、もっと残酷で非道なことが掃いて捨てるほどある。

だからといってショーコの事件がたいしたことじゃない、などと言うつもりもない。彼女にとっては間違いなく人生を変えるほどの、下手をすれば転落のきっかけになっていただろう。

ショーコは強かった。負け犬などと言ったけれど、そうではないことをちゃんと示して見せた。恐れや怯えは人をより悪い方へと簡単に引きずり下ろすが、立ち向かえばそのハードルは越えられるのだと。

今夜、ショーコは月を飛び越えたのだ。


『がんばったな』

そう告げたとたんに首元に顔を埋めて泣きだしたショーコ。シャツの襟を肩を濡らす涙と耳元の嗚咽は、キングに不思議な感覚を呼び起こした。頬をくすぐる羽のような、口の中でとろけるマシュマロのような、心地よくて微かに甘い、だがとらえどころのない感情。 あれは何だったろう。


年相応に恋愛を経てきた。ホストをやった時期は商売上、押しつけられる愛情や執着、偏愛やストーカーまでふりさばいた。そのどれにも当てはまらないと冷静に分析してみる。


飛び込んできたひとつのピース。
自分というパズルのどこかにそれは当てはまるのか、それとも。


髪を撫でる手の温みに眠ったままショーコがすり寄る。急ぐこともないとキングは様子見を決め込んだ。

予感はある。
遠からずきっと答えは出る。


グラスを置いて、抱き上げたショーコをキングは部屋へと運んでいった。ぶらぶらと揺れている素足。彼女の軽さはまるで、好き勝手に散らばるビー玉みたいだ。陽に透かせばきらきら光を放つ小さな球体に、夢中になったのは小さな子供の頃だったけれど。


キングの口元を過よ　ぎる笑み。
カーテンの向こうはもう、白々と夜が明け始めていた。