要らないときは目に付くのに、要るとなると見あたらない。
買い物にはそういうことがたまにあるけど。
なにも今日でなくてもいいのに。


歓楽街に近いここらはもともと、生鮮食品の店が少ない。コンビニや贈答用のフルーツショップぐらいなものだが、寝ているキングを置いて遠出もしたくない。

それでもイチゴを買うのはそんなに難しいと思ってなかったのに。
今日に限ってどこにもないなんて。

「いつもはあるんだけどねえ」
「申し訳ありません。ついさっき売れてしまって」
そんな言葉ばかり。

「なんでよー？」

あてにしていた店にことごとくふられたショーコは意気消沈した。家を出てもう一時間になる。これ以上キングをひとりにしたくないけど、ささやかな希望も叶えてあげられないと思うと帰りづらい。困ったショーコの足は無意識にブーケへ向かった。


開店には早すぎる時間だが扉は開いていた。ブーケの女王はシマシマの爪にシマシマのヘアバンドでシマシマのスウェットを着ていても、いつもと変わらずゴージャスで、細い眉を吊り上げる。

「やだぁ、開店もしてないのにぃ。口開けの客があんたなのぉ？　仏滅かしらぁ」

いつもと変わらぬ毒舌だ。でも気にする余裕がない。彼女の隣のスツールによじ登ってカウンターにぺたりとへたりこむ。

「ちょっとちょっとぉ」
「イチゴ」
「はぁ？」
「イチゴがないの」

前置きもなしでは何のことかわからないだろうが、ショーコの頭の中にはこれしかない。イチゴイチゴイチゴ。

「イチゴってぇえ、すとろべりぃのことぉ？」
「それ」
「赤くてぇつぶつぶでぇ美味しそうなぁ？」
「そうそう」
「つまり、これぇええ？」
突っ伏していた顔をよっこらしょと横に向けたら、目と鼻の先に。

「……イチゴ？」

シマシマの爪で摘まれたイチゴが、ひょいと宙へ消える。
あわてて起きたらエヴァがそれをぱくりと飲み込むところで。

「あーーーっ」

んぐっと驚いた拍子に喉に詰まったのか、エヴァがドンドンと胸を叩く。カウンターの中にいたアダムが、あわてて差し出した水をあおってやっと一息ついた。ギロッと眉間がよじれる。

「あんたねええええ」
「食べちゃったあ」
「あたしのイチゴをあたしが食べてぇどこが悪いってのよぉお」

ぱっかーんと頭をはたかれても、痛みすら感じない。
それどころかエヴァがたじろぐ勢いでショーコは迫る。

「まだある？　あるよね？　あるって言って！」
「あるけど」

別方向からの声をたどると、アダムが洗ったばかりのみずみずしい大粒のイチゴをザルに山と盛っていた。カウンターによじ登りそうになる。

「お願い、分けて！」
「やあよぉ、もったいない」
エヴァの声はそっけない。両手を握りしめて懇願する。

「お金はちゃんと払うから」
「そんじょそこらにあるイチゴじゃないのよぉ。産地から直送してもらった特別においしい品種でぇ、たっかいんだからぁ」
「高くてもいいから。なんでもするから、お願いお願い！」
さすがに眉をひそめてエヴァがいぶかしむ。

「なによこの子はぁ。キングにならともかくぅ」
「キングが欲しがってるの！」
「なんで自分で来ないのよぉ」
「寝込んでるんだもの」
「なんですってぇえええ？」
「あ」

まずったと口を塞いでも後の祭りだ。エヴァの形相がものすごい。仕方なく、キングの発熱とイチゴを探し回った経緯を話した。エヴァの驚きようが尋常じゃなかった。

「いつからよぉ？」
「み、三日目、かな」
「三日ぁ？　あんたずっとそばにいたのぉ？」
「仕事があったから、ずっとってわけでも」

奇異なものを見るようにみつめられて落ち着かない。
これは責められてるのか、それとも。

「ご、ごめんね言わないで。キングがね、心配かけるのもお見舞いされるのもいやだから、誰にも言うなって」

確かに事実だがショーコにすれば建前で、いつもとちがうキングを誰にも見せたくなかったのは自覚してる。

「でも、キングにイチゴ食べさせたいし」
ショーコはもう一度エヴァに手を合わせた。

「お願い、分けて！　なんならエヴァが届けてくれてもいいから！」

拝むようにしてショーコは言った。この条件ならてっきりふたつ返事と思ったのだが、意外なことにエヴァの答えは違った。

「あぁもうわかったわよぉ」
「届けてくれるの？」
「いーやっ」
「えー？」
「分けてあげるぅ。時価よぉ。高いわよお」
「う、うんもちろん。……いいの？」
唇をとがらせて不満げに、だが仕方ないという顔でエヴァは続けた。

「いいって言ってるでしょぉ、でも条件がひとつぅ」
やっぱり。
「なに？」
「あんたは食べちゃだめぇ。すっごく美味しいイチゴだからぁ、食べるのはぁキングだけよぉ」
「そんな条件、守ったかどうかわからないじゃない」

ショーコの反論もエヴァは意に介さない。
「それでぇ？　イチゴ要るのぉ要らないのぉ？」
「要る！」
エヴァの浮かべた笑みは謎だった。モナリザを思わせるような。

「アダムぅ、特上イチゴプリーズぅうう」
「いくつ」
「キリのいいとこで１０個かしらぁあ」
「ラジャー」

つやつやで赤赤で丸々とした、そんじょそこらじゃ買えそうにない美味しそうなイチゴを１０粒、蓋付きのタッパーに入れてアダムが渡してくれた。嬉しくて嬉しくてショーコはブーケの天井まで飛び上がりそうだ。

「ありがとう！　あの、いくら？」
どっちに聞こうと思いながらエヴァを見てアダムを見てエヴァを見る。
するとエヴァがあっさり。

「いらないぃ」
「うそ、払うって」
「キングに食べさせるのにぃ金なんかとれないってぇえ」
「けど」
「さっさとお帰りぃいいい」
鶏を追い立てるように追い立てられて、ショーコはブーケを後にした。

いろいろ疑問はあったものの、今はそれより。
店を出たとたん、ショーコは心もろとも家まで全速力で走った。





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