キングが風邪で寝込んで三日になる。

八度五分。
大人にとってはそれなりの発熱だ。布団にくるまっている顔が熱のせいで赤い。トレードマークのサングラスもサイドテーブルに置かれたまま。ヒゲも口元からあごまで伸びっぱなし。

もちろん心配なんだけど。
ベッドの横に座り込んで見守るショーコは、いまだに不可思議な気持ちが拭いきれない。

「キングも熱を出すんだね」
「人をサイボーグか鬼みたいに」

低い笑い声がかすれるとさらに色っぽくてゾクゾクする。細めた目の片方が金に光る。風邪を引いて弱ってる時まで魅力的なのって。

「ずるい」
「なに？　っげほげほっ」
「あ、あ、ごめん。水飲む？」
「……起きる」

のろのろした動きで起きあがった彼は、ふらつきながらベッドに座ると、布団に重ねてくるまっていたタオルケットとパジャマ代わりのＴシャツを脱ぎ捨てた。

あれだけ忙しいのにいつ鍛えているんだろう。たるんだところなどどこにもない上半身。張りのある筋肉。窓から差し込む穏やかな冬の陽が汗で濡れた肌を映し出す。このまま雑誌のグラビアに載せたいくらいの色っぽさだ。

「洗濯機に放り込んでくれるか」
「……あ、はいっ、着替えがこれで、タオルケットの替えはこっち」
「悪いな。ベトベトだ。汗かいた割にはすっきりしない」

苛立ちの混じる声でそう言いながら、腰を上げて短パンも脱ごうとする。下着ごと？　そりゃ汗で濡れてるだろうけど。

「水っ、ミネラルウォーター持ってくる」

着替える彼から目をはがし洗濯物を抱えて部屋を出た。慣れていいはずなのに、いつになってもドギマギする。共寝している時はともかく、どうしても気恥ずかしい。情けないなあ。

恥ずかしさと情けなさも一緒に放り込んで洗濯乾燥機のスイッチを入れると、冷蔵庫へ走った。ペットボトルを手に部屋に戻る。

着替えをすませたキングは、清潔なタオルケットにくるまってクッションによりかかっていた。いつもよりぼんやりした表情だ。

「水だよ」

黙って受け取ると５００ミリリットルの半分ほどを一気に飲み干し、息を吐いて目を閉じた。熱が引かなくて辛そうだ。ショーコが額に手を当てると、口元が少し緩んだ。

「冷たくて気持ちがいい」
「冷え性ってこういう時しか役に立たないね」

申し訳なさそうにショーコが言うと、彼が目を開けた。金と黒のコントラストに吸い寄せられそうだ。

「病気の時、誰かがそばにいるのは、子どもの頃以来だ」
「そう、なの？」
「居るだけで十分さ」

思わず笑みになりかけたら、にゃあと抗議の声がした。タオルケットの下からジンが顔を出す。

「ああっ、ジンたら、またー！」

キングが寝込む前から、うつるからとベッドに入れてもらえなくなったショーコにすると、相変わらず自由自在、部屋にもベッドにも入り込むジンはなんだかとってもずるい。ずるくて、憎たらしい。

恋人の座をゲットしてしばらく経つのに、ジン相手だといつになっても負けてる感が拭えない。ジンはジンでショーコの存在を認めてはいるようだが、隙あらばキングのそばに潜り込んでは先住者の特権とばかりに大きな顔をする。そこがまた悔しいのだが。

キングの膝の上で彼の手に頭をなでられながらのどを鳴らすジンは、ショーコからみると得意げな、いわゆる「どや顔」でムッとする。

バチバチと視線で火花を散らすひとりと一匹。つい笑ったキングはそのまま咳こんでしまった。ジンがするりと膝から彼の横に寄り添い、ショーコが背中をさする。キングを心配する時だけはあうんの呼吸だ。

「晩ご飯まで寝た方がいいよ」
「食欲がまだない」
「薬飲むんだから食べなきゃ。なにか果物でも買ってこようか」

少しは役に立ちたい。そう思って聞いたショーコを、枕から見上げたキングはかすれた声でつぶやいた。

「イチゴ、かな」
「イチゴ？」
「甘いやつ」

その口振りが子どもみたいで可愛いと思ってしまった。

「わかった。甘いの買ってくるね」

勢い込んだショーコの返事にキングは笑ってすうっと眠りこんだ。心を許したような安らかな寝息が嬉しい。彼の横から顔を出したジンに、しょうがないからと頼む。

「買い物行ってくるから、キングを見ててね」

ジンのみゃー、という返事は、「わかった」というより「言われなくても」と反抗的に聞こえて、部屋を出ながらショーコは肩をすくめた。






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