「女が干からびちゃうわよ、のばら」

大正生まれの女性の台詞にしては強烈すぎた。
開いた口が塞がらないのばらに、祖母はさらに説教する。

「ずっと働きづめじゃないの。何をするにも真剣なのはあなたの長所だし、事情が事情だから仕方なかったけど、ぼつぼつ息抜きもしなきゃね」
「ようやく仕事が軌道に乗ったばかりよ、おばあさま」
「あなたは起業したのよ。社長の勤めは終わりがないわ。上手に区切って休むことも覚えないとキリがないでしょう」

正論だったが正論すぎて、はいそのとおり、とも言い難い。

「でも」
「ブライダル事業はイメージが大事よ。女性社長は花嫁に憧れられる自分を保つことも、大事な仕事だと思うけど」

らしくもなく皮肉られて、のばらは思わず居間の入り口にある大きな鏡に駆け寄った。私ってこの頃、そんなにやつれた姿なのかしら。

身だしなみに気をつけるのは社会人として当たり前だし、みっともない格好はしていないと断言できるけれど、このところ確かに女性としての自分は忘れがちだった。花嫁に憧れてもらえるかと聞かれると自信はない。

だって。
とにかく、忙しかったのだ。


かつて妹の結婚がのばらの人生を変えたように、ふたりの死もまた、のばらの人生をそれまでと大きく変えることになった。

二人の忘れ形見である甥の颯そう　、姪のささらを育てると決めると、十年あまり勤めた外資系商社を退職したのばらは、帰国と同時にブライダル事業を立ち上げた。温めていた夢を実現させるのはもう少し先のつもりだったが、中学生と乳飲み子を育てるなら、しっかりした経済的基盤を作らなくてはと決断したのだ。

不安はあったが、のばらは成功を決意した。何者にもそれを邪魔させるつもりはなかった。自ら選んだスタッフと一心不乱に働いた。時間を忘れそうな毎日でも、朝夕は必ず甥姪と食事をともにし、子供たちが安心できるように努力した。

それでも祖母がいなかったら両立は不可能だったろう。家に祖母がいて子供たちを守ってくれたからこそ、のばらは仕事に奔走できたのだ。祖母は賢い人だった。伴侶と孫夫婦を亡くした悲しみを心に秘めて曾孫たちを育て、のばらの挑戦を信じて見守ってくれた。

凛として正直でいつまでも若々しく、誰よりも頼りにする祖母の、指摘で忠告だからこそ気になる。


鏡に映った自分はそれほどひどくなかった。ブラッシングを欠かさない赤茶の髪は艶を持って波打ち、目は輝いている。肌が少しくすんでいるかしら、まだしわはないわよね。目尻口元を丹念に調べる。必死の形相だったかもしれない。ぷっと祖母が吹き出した。

「おばあさま？」

からかわれたのかとへそを曲げるのばらに、祖母はまだ笑っている。

「あなたったらもう。突然百歳も年をとったみたいなあわてようよ」
「おばあさまが脅かすからでしょう」
「手遅れにならないうちに脅さないと」
「手遅れって」
「あなたの人生をあの子たちのために犠牲にする必要はないの。そんなこと誰も望んでいないわ」


のばらの手を握った祖母が微笑んで見上げてくる。のばらにとっては祖母であり母親でもある人に、まさかこう諭されるとは。

「恋をしなさい、のばら」


ついに言い負かされたのばらは、この夏こそ休みを取ると祖母に約束した。たまたま、ウェディングドレスの買い付けにヨーロッパへ行く予定だった。どうせなら家と物理的に距離があるほうが、気にしなくてすむだろう。恋はともかく、綺麗な空と海を見ながらのんびりしたい。休むと決めたら意外なほど心は誘われた。


休暇が待ってる。
日本を発つのばらは、夏休みを待つ子どものようにワクワクしていた。





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