週末の歓楽街はにぎやかだ。
なんだかんだいっても、平日よりは週末に遊ぼうと思うのが常人の思考で。ホストクラブも例外ではない。


寝坊してギリギリに店に入った右生に声をかけてきたのは、ケイだった。
「珍しいね、あなたが滑り込みってのは。キャッチでもしてた？」
「…俺がするように見えるか？」
「見えないな。必要ある頃もやらなかったよね。態度でかくて」

イヤミでない笑いをクスクスと漏らす。
ホストの割には（あくまでホスト基準で）人のいいケイ。トップにはなかなか上っていけないが、それを苦にするタイプでもない。
性格の可愛いさでしっかりと顧客もつかんでおり、上らなくても下がりもしない、店では至ってマイペース派だ。右生より年下だがウマも合う。

「トオルの客が枝を連れてくるらしいよ。新人たちがどよめいてる」
「最近景気悪いからな」口の端を歪める右生。
「ユウもちょっとはその気出せばいいのに。トオルくらい抜けるでしょ。そのつもりがあれば」
ケイの言葉は決してお世辞ではない。
「つもりがない奴はトップに向かない。俺は現状キープで満足さ」
さらっと流すとネクタイを締めて。
「ボチボチだ。行こうぜ」
二人は控え室を後にする。開店が迫っていた。


Man　Hall　マンホール　は界隈では名の売れたホストクラブだ。メンツも粒ぞろい。お客をあくまでも淑女として遊ばせてくれると定評がある。遊びに来る客もいろいろ。落ちるお金もそれなりだ。

店の今のＮＯ．１はトオル。ここ１年でめきめきと台頭してきて、つい３ヶ月前に、それまでトップだったアキラを追い落とした。以来ＮＯ．１を維持している。長身でがっしりした体格。短い短髪。スーツをスラッと着こなす優雅な動作と甘い台詞が身上だ。

トオルに追われたアキラは対照的に綺麗な茶髪と甘いマスク。柔らかな微笑が印象的なタイプ。話もおもしろく客をにぎやかにするのが得意だ。

トップから追い落とされればＮＯ．２になるのが普通だが、そうではない。アキラは現在ＮＯ．３に甘んじている。ここ　Man　Hall　にはすでに２年、ＮＯ．２をキープしている男がいるからだ。それが右生。店では「ユウ」とカタカナで通すのは皆と同じ。

彼の存在はある意味、店のホスト誰にとっても驚異だった。
がむしゃらさがない。欲や押しもない。そのくせ抜け目もない。ＮＯ．１だったアキラが落ちてもＮＯ．２にさせないあたりにそれは伺える。余裕があるのだ。
長身。クセがあるのにサラッとした髪。場合によっては酷薄にみえる目つき。歪める口元。ホストだから媚びを売らないわけではないが、やりたくないことは決してやらない。だが客を泣かすこともしない。
やりたいようにしかやってないようで、しっかり客をつかんでいるから不思議だ。

右生が本気になればＮＯ．１だってとれるだろう。
誰もがそう思っている。でも彼にそのつもりがないのも皆知っている。
上昇志向の高い奴が集まるこんな場所で、のらりくらりと泳いでいる右生は、どうみても目の上のたんこぶだった。実力主義のこの世界だから誰も何も言えないけれど。

トオルとユウとアキラ。この３人が現在の　Man　Hall　の看板だ。
他にも、『ナイト』と呼ばれるランキング１０までの強者。その下の中堅、成り上がりを夢見る新人も加わって、訪れる淑女を魅惑のほほえみで出迎えてくれるのだった。

午後１０時。
今夜も　Man　Hall　に灯がともる。


ケイの情報通り、トオルの指名客が初めての客を連れてきた。あっという間に店内は戦闘態勢に入った。それはそうだろう。

大抵のホストクラブは指名制をとる。客は何度か来た後に、一番気に入ったホストを自分のその店でのエスコート役として決めるのだ。
一度決めたらまず代えることはできない。それはホスト自身の稼ぎやプライドと密接に関わるから。故に指名を取るため、自分の客を増やすためにあらゆる努力をすることになる。
今日のような初めてのお客は、自分の指名を増やすためのなんとしても獲得したい。

ホストクラブへ行った客が上を下へのお姫様扱いをされた挙げ句はまってしまうのは、この指名制における彼らの闘いが原因であり、それがホストクラブの罠ともいえるかもしれない。


自分の指名についていたユウが控え室に戻ったとき、トオルのところにヘルプでついていたケイがのぞいた。
「どうだい？　枝の客は」　挨拶がわりに聞いてみる。
「まあ普通かな。でもホステスらしいから、狙い目ではあるね」
「なるほど」
「あなたもあとで顔出しておいでよ」
「トオルがうるさい」
「関係ないよ。挨拶は常識」
ケイの、顔に似合わぬシビアな口調にユウが苦笑する。こういうところが面白い奴だよな。
「ああ。あとでな」

体のあいた右生が、他のヘルプに代わってトオルたちのテーブルについたのは、それから１０分ほどしてからだった。
初めての客には店中のホストが顔見せに来るから、トオルも顔はしかめても何も言わない。二人の前に座る。
「ようこそ　Man　Hall　へ。俺はユウ。よろしく」
こんなしゃべり方は右生ならではだろう。本来客にはもうちょっとかしずくようにと、店では要求されているのだが。

「きゃっ、私あなたとお話ししたかったの。さっきからかっこいいなって」
始めての客がはしゃぐ。なるほど。扱いやすそうかな。ユウが値踏みする。こういうタイプは乗せやすい。
トオルがユウをかるく睨む。反対側にいたアキラがニヤッとする。トップの３人の関係は微妙だ。
「えーーと、名前は？」
「早智子です」　いかにも人の良さそうな答え。
「リサちゃんの同僚には見えないね。リサちゃんが大人っぽいからかな」
「あら、ありがとう。でも慣れてないだけよ、きっと」
トオルの指名客、リサはすまして微笑んでいる。彼女もホステスだが、あっさりしたその性格はホスト向きといえる。トオルの今のお気に入りだ。

その後約１時間、彼女らの席は入れ替わりのホスト達で賑わった。早智子はすっかりその甘い雰囲気が気にいったようで、携帯番号を聞かれると、困ったフリをしつつ教えてやったりしていた。ユウは途中で指名客に呼ばれ、席をはずしたが。

やがて彼女たちは腰を上げた。
「今日は早智子を連れてきただけだから。また遊びに来るわ」
リサがトオルに甘えるように言う。
「待ってる」営業スマイルでトオルが答える。
「楽しんでもらえたのかな？」
出口へむかう通路で、右生が早智子にのぞきこむように囁くと嬉しそうに答える。
「楽しかった。思ったよりお金ってかからないのね」
「正直だね。じゃ忠告し説くけど、こんなに安いのは初回だけだから。といってもうちは明朗会計だし。１，２万あれば結構遊べるよ。ボトルキープできたらその次もっと安くなる」
「ふーん、そうなんだ」
感心したように頷く。
「気に入ったなら、又是非来てよ。楽しみにしてるから」
営業スマイルでにっこり笑うと、ボーっとしながら真っ赤になる。
「は、はいっ」
「早智子、行くわよ」
リサの呼ぶ声に彼女はあわてて出ていった。

「さすが。あれはいかれたよ？」
いつのまにかケイがうしろで笑っている。
「人のこと言えないな。おまえも全然人の上に行こうって気がないじゃん」
右生が呆れたように言う。
「そうでもないけどね。あなたと争うバカはしないよ」
「やれやれ」
「余裕じゃないか？」
トオルが皮肉な目つきを流して行く。アキラはすでに自分の指名客の相手をしていた。

店内はいつでも火花が散っている。それがまたホストを駆り立て、客へのサービスにつながり、客をさらにホストに執着させる。
ホストクラブはどこもこういう展開なのだが、より優雅にハイレベルにそれが行われているのが　Man　Hall　と言えた。


午前６時。
夜明けと入れ替わりで　Man　Hall　の灯は落ちる。
朝の光から逃げるように。