一段と暖かな陽気だ。

ホテルの一室は広い畳敷きの部屋。床の間に春の設えが美しい。中央の座卓に座布団は六つ。片側にスーツ姿の温とのの、振り袖の美羽が並んでいる。


ふすまが開いて謙介が、道江と丈を従えて現れた。父子はスーツ、道江が着慣れた様子の留め袖だ。

向かい合った二家族はどちらともなく頭を下げる。堅苦しいことはやめようと了解し合っているので、いわゆる結納品の取り交わしも省略した。

美羽の指にはすでに三月の誕生石が光っているし、今日は新たに結ぶ家族の縁を確認するだけだ。それでもけじめと、温が頭を下げる。

「ふつつかな娘共々、どうぞこれから幾久しく、お願いいたします」

「こちらこそ、出来の悪い息子と出来の悪い親ですが、幾久しく家族としてお付き合いください」

謙介の言葉に道江と丈が頭を下げた。近く結ばれる両家の縁。六人が見交わす温かなまなざし。

「お食事をお持ちしてよろしいでしょうか」
タイミングを見計らったようにスタッフが尋ねてくる。

やがて二家族はこれまで何度もしてきたように、これからもきっとするように、楽しげな宴を繰り広げていった。


人と人は出逢うこともあれば、別れることもあるけれど。
このひととき、抱いている想いは真実だから。
祈り願う。
二人がこれから、幾久しく年を重ねていくことを。

「美羽と丈くんの婚約に」
すでに赤い顔でグラスを持つ温に、美羽が丈と微笑んでならう。
「お父さんありがと」
「ありがとうございます」

ののが囁く。
「忍さんのご冥福を」
うなずく道江の隣で、謙介が結んだ。

「美羽さんと明石くんの誕生日に」

かかげられたグラスと盃。
祈りも願いもきっと、天そら　の彼方まで届くだろう。



弥生三月。
にぎやかな声に誘われ、桜がまさに咲きほころぼうとしていた。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　yuinou-scramble　/　end　＞