「わかってるわよ。じゃあ明日」
携帯を閉じた女に男が聞いた。
「…彼?」
「そう」
シャワーを浴びてすでに身支度をすませている女は、男の機嫌が急降下するのを横顔で視認している。
「言ったでしょ。兄みたいなものだって」
「みたいなもの、は兄じゃない」
「だから?」
不服そうな口調に女がこちらを向く。
「知らない野郎の話をされて、どんな反応しろって?」
「じゃあ……逢ってみる?」
「え?」
これまでは会わせろと言っても流すばかりだったのに。クスクス笑っている女の考えが男には読めない。
「何言われるかわかったもんじゃないわよ?」
考えたのは一瞬。まっすぐ見返すと頷いた。
「ああ。逢わせてくれ」
「都合を聞いたら連絡するわ。じゃあね」
「なぁ」
つい呼び止めたが、振り返った女にもう少し居て欲しいとは言いづらい。
「何?」
「その、偽兄貴。なんて名前だったっけ?」
「じょう」
にっこり微笑んで、女は言った。
「亀沢 丈 って言うのよ」
まるで、恋人を呼ぶみたいに甘い声音。
やっぱり気に入らないと改めて男は思った。
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