「あお・・・日高さん」


　呼び止められて葵は振り向く。女性社員が３，４人。ひとりがおずおずと聞く。
「あの。亀沢さんとおつきあいしてるってほんとですか」


　瞬きしながらどう答えてやろうかと葵は思案する。丈はしばらくカムフラージュして欲しそうだったが、嘘はあとがめんどくさいし。


「彼がつきあってるのはほんとだけど。相手はあたしじゃないわ」
「え」
　正直が一番。これは決して意趣返しじゃないからね、と美羽に言い訳。


「日高さんじゃない、って」
「御利益確実、満願成就よ」
「う、うさ、白兎さん？」


　答えの代わりににっこり笑って背を向ける。
　全員が茫然自失で倒れそうだったけれど、まあいいでしょ。すっきり爽快ストレス解消よ。生憎というか幸いというか今日はふたりそろって休みのはずだし。それもまた火に油かしら。


　社長室へ急ぐ葵の顔から、楽しげな笑みが消えることはなかった。





「ただいま」


　改まったツーピースにいかにも引き出物用のホテルマークの入った袋を下げて、美羽が帰り着いたのは丈の部屋だ。
「おかえり。披露宴どうだった」
　リビングのフローリングに寝転がった彼は眠っていたようだ。見上げてくるその胸の上で呼吸に合わせてカメが上下している。


「はい。いいお天気だったし。貴佐ちゃんきれいでした。だんなさまがハンサムで」
　ぺたりと横に座り込む美羽。丈はあっさりその膝を枕に代える。柔らかさが心地いい。
「ふーん。俺より？」
「主観によると思います」
「君の主観じゃ？」
　しれっと聞いてくる彼の余裕が憎たらしいが、笑ってしまうのは同じ角度でもう一対の眼が見上げてくるからだ。


「なんだよ」
「だって。カメが」
「・・・こら。邪魔すんな」
　苦笑した丈はカメを胸から下ろすと、美羽のうなじをつかまえた手に力を込める。無言の要求。


「で。どっちがいい男？」
「あたし、貴佐ちゃんより趣味悪くなったんですよ。多分」
　引かれるまま身を屈めた美羽が小声で打ち明ける。
「悪く？　君の趣味はすこぶるいいと思うけど」


　笑い声がキスの中に溶けた。重なる唇を味わいながら美羽を抱き寄せる。くるりと身を反転させた丈は鼻先をこすりあわせ、吸い込む香りに酔った。回される腕の誘い。
　うしろをカメが這っていった。ノソノソだろうとカサカサだろうと、ふたりの耳にはもう聞こえない。


　テーブルの上、花嫁が投げてくれたブーケが二人の未来を告げている。　





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