「なんやこの人ったかり。大道芸でもやっとるんか」
「すみません、通してくださーい」

どちらの声も話し方もあまりに聞き覚えがありすぎる。

「ウサコちゃん大胆」
「だって見えないじゃないですか」
「あぁ転ぶて。手ぇ貸し」

ご丁寧に手をつないで人垣を平然と割って現れたふたりと、座り込んでいたふたりが出くわした、その瞬間だった。


大げさに言うなら世界の色が変わったような。
もつれた糸をしゅるんと誰かが引っ張って、物事があるべきところに収まった、そんな感覚に四人そろって襲われる。

それから。


「……葵、何しとるん」
「美羽」
「光？　え？　え？」
「丈さん、どうしたんですか」

美羽が丈に駆け寄り、光が葵の腕をつかんで立ち上がらせ、あっと言う間にカップルは元通り。女性たちは混乱し、男性同士は威嚇しあう、なんともまぬけな図。

「源、なんで美羽といるんだ」
「そらこっちの台詞や。葵にコナかけたんとちゃうやろな」
「光ってば、コナじゃなくて拳をね」

「拳？　丈さんたら何したんです」
「美羽、そりゃないだろう。やられたのはこっちだぞ」
「やられる前にやるんが勝負の鉄則や。えらいえらい」

抱き寄せた恋人の頭を小さい子にするように手のひらでなでる光に、葵が真っ赤になる。

「だいたい女にやられる方が悪い」
「……光、それって差別用語じゃないの」
「ほらみろ怒られた。大体だな、いきなりくらえば誰だって」
「でも源さんはいっつもかわしてるんでしょう？」

のほほんとした美羽の発言に光がざまあみろと言う顔になり、丈が恨めしげに恋人を見上げる。

「さっすが巫女さん、お見通しや」
「うるさい源。威張るな」
「ほんとよみっともない。手なんかつないじゃって」
「うわ、見られた」
「浮気者」
「ちゃうちゃう、それだけはちゃう」

あわてふためく光とにらむ葵に、再び巫女さんののほほんとした託宣が降る。

「葵と丈さんはどうしてここに？」

ぴきっと固まったのは丈だ。穏やかな声音に一本、細いピアノ線みたいな芯を聞き取って。

「違うって美羽、君と待ち合わせてたはずだろ」
「俺かて葵と」
「そうよ、光と待ち合わせてたのに。どうして私ったら」

「変、ですね。私、源さんが彼氏のような錯覚してました」

ぱっと美羽を見た三人が、三人とも赤べこみたいに首を縦に振る。

「そやそのとおり、ほんでも」
「そうよ、だけど」
「思いこんでた。なのに」

全員がうなずきあい、口をそろえる。

「絶対違うって気がしてた」


沈黙が五秒。
誰からともなく笑いだし、正しい相手を抱き寄せてほっとする。

ふと気づくとあの、黒山の人だかりはどこにもなくて、座り込んだ美羽と丈、横に立つ光と葵を残し、周囲は休日の雑踏に戻っていた。いぶかしげな視線を向けられ、あわてて美羽と丈も立ち上がる。


「……お茶でもするか」
「そうですね」
「酒にせえへん？」
「その方がいいかも」

「葵ったら」
「悪酔いしたような気分だから。飲み直しよ」
「確かにな」
「よっしゃいこー」

訳は分からぬままだが、まあいいかと流して、二人と二人の四人はいつものごとく仲良く連れ立ってその場を去った。





雲の上では天使がクスクスとしのび笑いしていた。

楽しかった。
酒の肴としちゃ上等の部類だ。このあと話は盛り上がるだろう。
それから互いに確かめるだろう。この人で間違いないと。

それがおまけの贈り物。
さあ、仕事にもどらなくては。


彼は羽を羽ばたかせながらも、眼下の小柄な髪の長い彼女を名残惜しげに振り返った。懐かしさと愛しさ。いつまでも変わらぬ思い。

幸せにね、美羽。



天使の消えた四月の空。
雲だけが青い影になってふわり、いつまでも浮いていた。





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