上天気の休日だった。
青い空。
綿をちぎって投げたような雲が幾つもふわりふわり。

その一つに天使が寝そべっている。
眼下を見下ろし、罪のなさそうな笑いを浮かべて。


天使の使命はいろいろある。

誕生の付き添い。
死への誘い。
慰めに裁きに仲裁。
時に断罪。
あまりにも多い仕事の合間、少しだけ息抜きも許されている。

天使の企みは個々で異なる。程度も趣味もいろいろ。彼のは概おおむ　ね、ただのいたずらだ。今日もいつもどおり、でもいつもより念入りに。

だってそりゃあね。

天使の指がひとふりされる。
金と銀の粉のような光が渦を巻いて降りかかった。

地上の四人に。





我に返ると、光はにぎやかな街角に立っていた。

何故だっけ？
仰いだ空は浅い春の青色。柔らかな肌触りの風。

「そや、待ち合わせしとった」

遅いやんと周囲を見回す。
彼女が時間に遅れることは滅多にない。

「待たせちゃってごめんなさい」

振り返った光の前には、ちっちゃくて髪が長くて可愛らしい女性。
名前は。

「……ウサコちゃん？」
「美羽です。いつになったらそう呼んでくれるんですか」
「えーっと、その、美羽、さん？」
「さんは要りませんって」

そう言われても。

「なんやその、つけとかんとごっつうまずい気ぃがする」

まずい。絶対まずい。どっかの誰かが怒鳴り込んでくる気ぃ満々や。
なんでわかるんか知らんけど。

「……変ですね。私までそんな気がしてきました」
「そやろ。ウサコちゃんでええて。そっちこそ名前呼んでないで」
「源みなもと　…………光ひかり　、さん？」

ぶっと吹いた。
フルネームかいな。

「いっつも呼び捨てやん」
「光……さん？」
「さんは要らんて。はてなマークまでついてんで」
「たぶん同じです、さっきのあなたと」
「ほえ？」
「すごく変な感じなんです。呼び捨てなんて。いつもそうでしたっけ？」

そやと言いかけてまた、違和感。
「ひかり」と呼ぶ響きが、美羽の声に重ならない。

「名前もなんだか呼び慣れないし」
眉根をぎゅっと寄せて考え込む美羽はやっぱり可愛らしい。
ついからかいたくなる。

「白状しぃ。どっかで浮気でもしとったんとちゃうか？」

ぱっと上げた彼女の目に危険を感じて身構える。やばい、あかん。顔はないやろから腹か、みぞおちとか、いやそれって急所やん。
あわてて防御に徹した光にしかし、攻撃は一向に降ってこない。おそるおそる見ると彼女はぽかんとした顔だ。

「何してるんですか」
「何て」

また、違和感だ。
えーっとせやって、この場面このタイミングなら絶対。

「……ウサコちゃん、武道の経験……ないわな」
「あいにく。お転婆でしたけど、そういうのは習ったことないです。茶道華道は挫折しましたし、剣道とか弓道もかじりましたけど、危ないからやめたほうがいいと」
「親が？」

「いえ、先生や師範が」
「なんで？」
「突発的にぼうっと考え込むので、剣道は打ち合いができないし、弓道はいつになっても終わらないし」

そら危ない。うんうんうんとうなずいた光は彼女に教えた先生師範に深く同情した。同情しながらあれと悩む。俺の彼女は武道に茶道、いろいろもろもろやってたような。

いやいや、気のせいだ。
振り切るように首を振って気を取り直す。

「どこいこか」
問われて見上げる美羽が、妙に腑に落ちない表情をする。
「どないしたん」
「光、さん、縮みました？」

男にそないなこと言うたらあかんやん、ほんまに。
笑いながらまた首をふる光に、首を傾げる彼女。

「見上げる角度が違う気がして」
「あーー、それ俺も思うたわ」
「え」
「見下ろす角度。ウサコちゃんこそ、縮んだかなて」
「これ以上縮んだら泣きます」
「そらまずい」

どちらもいつもと違う角度で見上げ見下ろし、違和感に首を傾げる。

「なんやろなぁわからんけど、なんか」
「変ですねぇ」

見つめあう二人は、端から見ればそれなりに仲のいいカップルに見えるものの、当人たちはつきまとう違和感に困り果てていた。





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