Ｐａｓｔ　Travel　１．「コーヒーショップ・ＣＨＩＫＯ」

シリーズ「Past　Travel」　１．　「コーヒーショップ・ＣＨＩＫＯ」

春も終わり。
海辺の小さな街。
人がいれば商店街があって、その一角。

「ＣＨＩＫＯ」という名前のコーヒーショップ。
なんでも初恋の女性の名前なんだとか。
マスターは初老だが昔を忍ばせる端正な顔立ちに、ロマンスグレー。
カウンターが６席にテーブルが３つしかない小さな店だが、
商店街に店を持つ連中の休み所になっていて、客は絶えない。

マスターのコーヒーはうまい。
オリジナルブレンドは絶品。マスターが豆からひいてくれる。
常連はそのブレンドと、マスターとの無駄話を目当てにやってくる。
どんな話も笑みを浮かべて聞いてくれるから。

そんな店に新しくバイトが入った。
パーマッ毛にサングラス、背が高くて細身、鋭い眼光と素っ気ない態度。
余分なことは言わず、ただもくもくと仕事をこなす。
いつのまにか現れたこのバイトに、常連は面食らっていた。

「ちょっとマスター、あれは何者？」
常連のひとり、肉屋のおやじが聞く。
「んー？　なんかさ、旅してるらしい。」
「旅？」
「バイクで。」
「バイク。」
「たまたま、うちによってさ。ほら、バイト募集の紙、貼ったろ？」

マスターはこのところ調子がよくなかった。
昔痛めた足首が年と共に悪くなり、医者に手術を勧められていた。
大した手術ではないのだが年なので、
２週間の入院と２週間のリハビリ予定で１ヶ月。
一人でやっているのだから当然その間店を休むことになる。
それが忍びなかった。
小さな店だが、常連がここに来て気持ちをリフレッシュしてるのを知っていたから、
なんとか入院とリハビリの一ヶ月、代わってやってもらえる人材を求め、
短期のバイト募集を貼ったのだ。

その３日後。
雨の午後。珍しく誰もいなかった店に、ふらっと現れた男。
「ブレンド」
そう言ってカウンターのそばに立ったまま、煙草を吸い始めた。
座らないのは、ずぶぬれだから。ヘルメットを抱えているからライダーだろう。
マスターがタオルを差し出す。
「使いなさい。」

サングラスの上の眉が意外そうに持ち上がり、それから受け取った。
「サンキュ。」
その声が素直だったので、今度はマスターが意外そうな顔になった。
いくつだろう。２０代後半？
いきなりメットを拭き始めたので、マスターが笑う。
「おいおい、自分を先にしろよ。」
「あ？」
「座って飲んでほしいのさ、せっかくなら。」
マスターが温めたコーヒーカップを差し上げたので、男はフッと笑った。
「そっか。そうだな。」

びしょぬれのツナギの体と尻をふいてから、カウンターに座った。
その前に置かれたコーヒーカップは螺旋の湯気を描く。
「どうぞ。」
「ああ。」
一口飲んだ男の顔が、また意外そうになって、マスターの顔をジッと見る。
「どうかしたのか？」
「いや・・・うまい。」
「そうか？」
「ああ。」
「そりゃあよかった。・・・ほめられるなら、女の子の方が好みだけど。」
男も微笑んだ。それが妙に人好きのする年相応の顔。

二人はやがて、ボツボツと話を交わした。
男はあちこちバイトをしながら旅をしてると言った。
１箇所にあまり落ち着かず、動いているようだった。
「なにか目的はあるのかい？」
「いや。今は落ち着く気がないだけさ。」
「いつまで？」
「さあ。よくわかんねえ。」
コーヒーを飲み干すと立ち上がる。
「ご馳走さん」

勘定を払って出ていこうとしたとき、ガタッと妙な音。
振り返った男はマスターの姿が消えたのに気づく。
うめき声。
あわててカウンターの中へ行ってみると、マスターが足首を押さえて転がっていた。
「おい、どうした？」
「大・・丈夫・・。持病・・なんだ。」

結局その日は早めに店を閉めたが、後かたづけやらなにやら、
その男は全部やってくれて。
マスターの話を聞くと、張り紙を見て言ったのだ。
「俺がやろうか？」
「え？」
「入院の間の店番。１ヶ月くらいならいいぜ。」
「ほんとかい？　経験あるのか？」
「ああ。コーヒーはもともと好きだし。茶店も何度かバイトやってる。」
渡りに船とはこのことだった。

「それで。」
「ああ。１ヶ月頼んだんだ。みんなもよろしく頼むよ。」
「まあ、マスターのメガネにかなったんならな。」
肉屋のおやじは、カウンターで洗い物をしていた男に話しかけた。
「よう、あんちゃん。名前は？」
男はひょいと顔を上げると、意外なほどあっさり答えた。
「天羽。」
「あもう？　どんな字書くんだい？」
「天の羽」
「へえ、ずいぶんありがたそうじゃねえか。」
「ありがたいわけねえよ。好きに呼んでくれ。たいして長くないだろうし。」
やっぱりそっけないが、相手も気にしない。
「天羽じゃ呼びづらいもんなぁ。じゃあんちゃんでいっか。」
「ああ。」
「じゃみんな、マスターの留守の間はあんちゃんが代わりだそうだ。よろしくな。」
すでに仕切っている肉屋に、店にいた常連が答えた。
「よっ、若い子が増えそうだな～。あんちゃんいい男だし。」これは魚屋。
「歓迎するぜ。なにしろ平均年齢、たけえんだから、ここ。」こっちは本屋。
「おまえがひきあげてるんだろ。」これは金物屋。
こうしてマスターは、常連に彼を引き合わせて顔をつないだ。
そして３日後、多少は気になるものの、入院患者となったのだ。

コーヒーショップ「ＣＨＩＫＯ」の客層は、夜になるとガラッと変わる。
この店の営業時間は、午後１時から深夜の３時まで。
なんとも変則的だが、商店街の連中の息抜き場所だから、そういうことになったらしい。
商店街には、夜しか営業してない店も当然あるのだ。
スナック。バー。パブ。
そういう店に勤めてる連中もここで息抜きしていく。

水商売の女の子たちが結構多い。
ちょうど父親ぐらいのマスターになついているらしかった。
そのマスターとはずいぶん雰囲気が異なるので、最初は客も面食らっていた。
でも毎日のことだから。
１週間もすると、結構みな天羽にも馴染んでくれた。
特に女の子達は、妙にはしゃいだ。

「へえー、いい男じゃない。」
「ねえねえ、うちに遊びにおいでよ。」
「俺が行ったらこの店どうするんだよ。」
まるで興味のなさそうな返答。
だが、不思議と女の子たちの受けは上々だった。
「いいじゃない、ねえ？」
「お休みの日ってないの？」
「休みは寝てる。」
「つまんないでしょ。遊んであげようか？」
「遠慮しとく。」

こういうかけ合いも毎日のことになってきたある夜。
フラッと現れた娘は、明らかに水商売だが、やけに堂々としたタイプだった。
赤茶色の髪はウェーブとともに背に流れて。見事なスタイル。
それほど化粧ッ気は強くないのに、赤い唇がやたらと目立つ。
「・・・あなたがマスターの代理？」
天羽は視線をチラッとやっただけで、手元で豆を引き始めながら答えた。
「ああ。あんたには初めてだな。」
「しばらく来なかったから。マスターは大丈夫なの？」
「もう手術は終わってる。あと１週間もすれば退院。あとはリハビリ。順調。」
ぶつぶつ切るような天羽の返事。
手元でのドリップに集中して、ろくにこっちも見ない答え。
ちょっとあきれながら彼女はカウンターに座った。

「モカ、ちょうだい。」
「ＯＫ」
入れていたコーヒーをスッと差し出されて、彼女は驚く。
「これ、あたしの？」
「モカ・ブレンド。違った？」
「そう・・・でもなんで？」
「マスターに聞いてる。スカーレットな美人はモカ・ブレンドってさ。」
「スカーレット？」
「赤ッ毛」
口の端でニヤッと笑うと、天羽は別の客の注文を受けに行った。
出されたコーヒーは、いつもの味のようで、ちょっと苦さがきつい。
・・・この男みたいね。彼女はそう思った。

「ねえ、名前。なんだっけ？」
「天羽。」
「あもう。下は？」
「・・・良之。」
「あもう・よしゆき。ね。」
それで途切れる。沈黙が３分。そのあと、彼女が聞いた。
「聞かないの？」
「何を？」
「あたしの名前。」
「聞いて欲しいのか？」
ここで赤くなるには場数を踏みすぎている彼女は、ニコッと笑って言った。
「聞いて欲しいな。」
その押しの強い雰囲気には似合わないくらい可愛く見えた。

「名前は？」
「ゆかり。」
「源氏名？」
「本名知りたい？」
「別に。」
素っ気ない言葉に睨む。
「聞きたくなったらな。」
「・・・そう。」
そう言う間に飲み終わったカップを置くと、彼女は立ち上がる。
「おいしかった。ちょっと苦めだけど。」
「もうちょっと甘い方がいいか？」
聞き返す天羽に、首を振る。
「ううん。この方があなたらしいでしょ、多分。」
千円置いて、クルッと背を向ける。
「おつり」
呼んだ天羽に、彼女は背中で手を振った。
「おいしかったから、今日はおつりいらない。またね。」
カランとドアが鳴った。

残っていた常連のカラオケ屋店員が、天羽に言った。
「あんちゃん、気に入られたな。珍しい。
　ゆかりはさ、コーヒーにうるさくて、商店街じゃここでしか飲まないんだ。
　人気あるんだぜ、店でもトップ。
　でも気むずかしくて、なかなかつかまらないんだ。」
「ふうん。」
気っぷの良さそうなボディと顔つきだったな。ま、関係ないか。
天羽はカップを片づけた。

それからゆかりは、毎日現れた。

ゆかりの勤める店は深夜４時までやってるらしいが、
彼女はＴＯＰ故の勝手気ままで、３時前にはあがってしまうらしかった。
「ＣＨＩＫＯ」の閉店直前にやってきて、閉店してからも居座って。
天羽は気にもとめず、３時になると店を閉めて、後かたづけを始めてしまう。
マスターがいた時もそうだったと聞いていたので、
ゆかりのことは好きにさせている。
４時には帰っていくから、たいしたこともない。

たまに、気が向くといろいろ話した。大抵今日あったこと。
今好きなこと。おいしかった物。面白かったこと。
「あたしね。コーヒーではモカが一番好きなの。
　マスターのモカってすごくおいしかった。初めて気に入ったの。」
「コーヒーの味、わかるのか？」
「ずいぶんね。モカならわかるわよ。」
「どうだか。」
「あなたのもおいしかったのよね。びっくりした。ろくでもない味かと思ったのに。」
ちょっと悔しそうに言う。
「そっか。」
「反応のない人ね。誉めがいがないったら。」
口を歪めるだけの男にちょっと不満そう。

自分の話とか過去とか境遇とか、そういうことは言わない女だった。
それは天羽も同じで。
相づちはうつけど、自分のことはまるっきり言わなくて。
沈黙になっても気にもとめない。
しまいには「もう寝るから、帰れ」と追い出す。てんでかまわなかった。

ある夜。
いつものとおり、ゆかりだけ残った店内で聞かれた。
「ねえ、あたしのこと。」
「ん？」
「嫌い？」
その質問があまりにも唐突なので、さすがに眉をしかめる。
「ちょっと。その顔はあんまりなんじゃないの？」
「いや・・・なんだそれ。」
「なんだそれって・・。」ゆかりが黙る。
「なんでそういう質問になるんだ？」
前提が何もないよな。天羽にするといきなりだ。

「・・・ほんっとに鈍いわね。
　あたしが用もないのに、ずっと居座ってると思ってたの？」
「思ってた。」
キュッとカップを磨き上げながらあっさり言う。
天を仰いだゆかり。
こういう男だったんだ。はっきりモーションかけるんだった。脈なし？
「あたしはね、気に入らない男の近くには寄りもしないの。聞いてない？」
「気むずかしいってのは聞いたな。でも、俺には関係ないだろ？」
あまりといえばあまりな答えに、ゆかりが怒鳴った。
「そこまで言うなんて。女に恥かかせるのね？」
ゆかりの表情が、思わず素顔になった。
口を尖らせてにらみつけるのはそれなりに可愛い。
ふーん、と天羽が初めて興味を示した。

「あんたさ、いくつ？」
ゆかりが呆れた。
「あなたって・・・女の勘にさわることしか言わないの？」
「勘に障る年なのか？」
「２５！」
頭に来て叫んだゆかりは、今度こそプイッと横を向いた。
「もう帰るわ。」
バッグを取って歩き出そうとしたら、カウンターから伸びた腕につかまれた。
振り返ると天羽が口を歪めて笑っている。
「結構わかりやすいじゃん、あんた。」
「どういう意味よ？」
「もちょっと、面倒かと思ってたから。」
「面倒？」
「俺今、面倒なの嫌だからさ。」

そういいながらカウンターに引き戻すと、彼女のあごをつかまえて軽くキスをした。
ゆかりがびっくりした顔になった。
「ん？」
「あなたって・・・軽い。」
「軽い奴はごめんか？」
「・・・ま、いいか。あたしも面倒は嫌いだから。」
そう言ってカウンターに座り直した彼女に、もう一度キスをした。
今度はキスらしいキスだった。見交わした目が笑いを含む。
それが３週間目の終わりだった。

その翌日。
マスターがのぞきにやってきた。リハビリも兼ねて。
「悪いな、長々。」
「まだ１ヶ月たってないぜ。予定内だ。」
「そっか。」
「どうなんだい？　調子は。」天羽がコーヒーを出す。
「お陰で何とか、来週には戻れそうだ。」
「順調だな。まだまだ若いってことか？」からかい口調。
「見直しただろう。」
笑いながらカップに口をつけたマスターが驚く。
「これは？」
「俺のブレンド。」
「うまいな。」
「なんなら豆の組み合わせ、置いていくぜ。」
そういいながら洗い物をテキパキと片づける。

「あのさ、もっといる気ないのか？」マスターが聞いた。
「え？」驚いた顔。
「いやさ、あんたの評判いいから。常連さんももっといさせたらっていうし。」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど・・。」
天羽は首を振った。
「一つ処に長くいる気はないんだ。今のところ。」
「いい子、できなかったか？」
マスターの言葉にちょっと眉をあげる。でも淡々と仕事を続けて。
「いや。」
「そうか・・・。残念だな。」
ほんとに残念そうなマスターの声に、珍しく素直な笑顔を向けた。
「あんたにそう言ってもらえるなら、代わりがつとまったってことだな。」
何も言えなくなったマスターは胸の内でつぶやいた。
ホントに惜しいな。

週末。
ゆかりがいつものように居座っていた。閉店後の店。
気にもとめない様子で、天羽は店内を片づけてしまう。
ゆかりはコーヒーをゆっくり飲みながら、仕事で飲まされた酒を冷ましている。
片づけ終えた天羽が、ふとふりかえった。
いつもより静か。
コーヒーカップを抱えるようにした姿はいつもの押しの強さがなくて、幼く見える。

「どした？」
「え？」
「静かじゃん？」
カウンター、ゆかりの横に座る。
「あたしっていつもそんなにうるさいかな。」
「・・・落ち込んでるのか？」
「ちょっと・・ね。店で嫌なことあったのよ。」
「ふーん。」
「こういう時はモカが頼りなの。」
「モカが？」
「そう。モカが。」

それ以上は言わない背中を、天羽はをそっと抱いてやった。
ゆかりがちょっと驚いて顔をあげる。
その唇にキス。
この１週間、キスは毎晩のことになっていたけど、それまでと違った。

ゆかりの手がカップをゆっくりおろすと、そっと天羽の首筋にのばしてつかまえた。
問いのようなキスを何度も繰り返してから。
天羽が目を合わせて言った。
「俺はさ、すぐ消えるぜ？」
「どうして？」
「今は落ち着く気もないし、つかまえる奴もいないから。」
「あたしじゃ駄目？」
「悪いな。」
はっきりした答えにうつむく。

「じゃなんで構ってるの？」
「気分。」
「あなたねー。」上目遣いににらみつけるその目は魅力的だ。
「ん－。いい女だと思うけどな。」
「・・・そう言いながら振るのね。」
「だから悪いって。」
抱きしめながら耳元で囁かれて、ハッとため息にして。気を取り直す。
「じゃ、今夜は？」
「それでいいのか？」
「後くされないのも、嫌いじゃないわ。」目をのぞき込んでニコッとする。
今度のキスは返事の代わり。
それから、灯りが消えた。

　　－どこか、目的地があるの？
　　－いや。
　　－誰かが待ってるの？
　　－いや。
　　－なのに、行くんだ。
　　－何もないからさ。
　　　　たぶん何か。捜してるのかもな。わかんねえけど。

男の顔が少し翳る。煙草の煙がユラユラとその目を隠す。

　　－いつまで？
　　－さあ。あんたは？
　　－え？
　　－何か、目的とか目標ってあるのか？
　　－あるわよ。
　　－どんな？
　　－モカをうまく入れてくれる、いい男をつかまえること。
　　－なんだ、それ。

瞳をちょっと見開いた男に、小首を傾げて説明する。

　　－落ち込むとね、モカが頼りなの。
　　－ああ、さっき言ってたな。
　　－でも、自分じゃうまく入れられないのよ。
　　－だから？
　　－うん。だから。・・・見つけたと思ったのに。
　　－目標ってのは、そう簡単に達成できないものだぜ。
　　－よく言うわよ・・・。でもそうかもね。
　　－見つけられるといいな。

微笑む男が、憎たらしくて切なかった。
薄闇の中。その時限りの温もり－。

同じ日の昼過ぎ。
マスターが一ヶ月ぶりに、開店準備にやってきた。
店に入った途端。
「どこ行ってたの？」
寝起きのような女の声。誰だ？
奥から出てきた姿に驚く。
「ゆかりちゃん？」
「・・・マスター？」珍しく狼狽した顔。
「え？」
「あ、の。あいつ、天羽。天羽良之は？」

それで了解する。
「昨日でバイト終わりだったんだけど。」
「・・・嘘。」
あわてて奥へ戻る。荷物は何もない。
外へ飛び出す。
ずっと店の前に置いてあった、天羽の物だというバイクがなかった。
後ろから出てきたマスターがつぶやく。
「おととい、バイト代も払い終わってるんだ。行っちまったな。」
ゆかりはその言葉に思わず叫んだ。
「あいつ－っ！！」

しつこいくらい念押ししたのは、そういうことだったんだ。
結構自信があったのに。男をつなぐ自信。
まるっきり相手にしてくれなかった。
結局、本名も聞いてくれなくて。
猫にするように構ってくれただけ。するっとすり抜けて消えちゃった。
あいつをつかまえられるのって、どんな女なんだろう。

「ゆかりちゃん。」
マスターが呼んだ。
「復帰第一号のお客になってくれるかい？」
振り返ったゆかりはニコッと笑った。
「光栄。」
ちょっとやそっとじゃめげてなんていられない。それなりに経験もしてきてる。
マスターに続きかけて、もう一度みつめる道。
いつか、逢うことあるかな、また。
その時。
あいつが一人だったら。絶対。
きゅっと唇をかんでから、ゆかりは店に入った。

海辺の街に、梅雨が近づいていた。

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