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番外短編　「あなただから」



盛夏−。


なんとなく行ったリバイバル映画。
あたるは初めて観た「ひまわり」。選んだのは天羽。
一面のひまわりが美しく、すれ違う運命が哀しかった。
映画館を出ながら話しかける。


「ソフィア・ローレンって綺麗だね。」
「あれは綺麗ってんじゃねえよ。」
「え？」
「色っぽいって言うんだ。」


サラッと言われてなるほどと納得して。それから思う。
ああいう色っぽい人が好みなのかなぁ。
横目で見上げる。


そんなこと聞こうものなら、からかわれるのは目に見えてるし。
頬を膨らませながら歩いていたら、声をかけられた。
「あもう・よしゆき？」
二人とも振り返った。






赤茶色の肩を覆うウエービーなロングヘアに、スリップドレス。
夏だからってなんとも挑発的なライン。赤い唇。
まさしく『色っぽい』美人。
「・・・あんた？」
天羽の口がちょっと歪む。驚いた顔。
知り合い？


「こんなところで逢うなんてね。元気なの？」
「ああ。・・・なんでここに？」
「遊びに来てるのよ。そっちこそ旅は？」
「いや。今は−。」


その美人はちらちらとあたるを見る。
「随分可愛い子連れてるじゃない。まさか？」
「ま・・・な。」
「へ・・え？」
今度ははっきりあたるに視線を移して聞いた。


「いいの？　これって糸をつかめない風船よ。いきなり飛んでいくんだから。」
「え？」
その瞳は余裕に見える。からかいと忠告と。
でも隠れているジェラシー。あたるにはわからない。
「勘弁しろよな。逃げられるだろ。」
「あら。ホントのことじゃない。それともこの子が捜し物なの？」
「ああ。」


あっさり肯定されて彼女は言葉に詰まった。
動じない天羽の視線と絡む。にらみ合うように。
それを切ったのは美人の方。フッと笑った。
「悪かったわ。元気でね。」
行きかけた彼女に今度は天羽が声を投げる。


「モカ。」
「え？」
「モカをうまく入れる奴。つかまえたのか？」
目を見開いた彼女の顔に一瞬切なさがよぎり、それからにっこり笑った。
「あたりまえでしょ。見くびらないでよね。
　あなたもせっかく見つけたんなら、子どもだからって泣かせちゃだめよ。」
もう一度チラッとあたるに目を走らせてから、きびすを返した。高いヒール。
夏の強い日射しに光る、赤茶色の髪が綺麗だった。



見送っていたあたるを天羽が呼ぶ。
「おい、行くぞ。」
気がつけば天羽はもうずっと先。あわてて追いつく。
「知ってる人？」
「昔な。旅してた頃の。」
「そう。」


『子ども』か。
今日のあたるは、タンクトップに七分丈のパンツにサンダル。
そうだよね。あの人から見るとあたしって子どもだ。
聞きたいことは聞けって言われてるけど、これは聞きたいことじゃない。
聞きたくないこと。
だから気にしない。
「飯にしようぜ。」
「うん。」
あたるは頷いて笑った。






なのに。
やっぱり気にしていたんだろう。
その人をというよりも。その人と映画で見た女優と、自分との差を。
だからいつもは軽く流せることに、つまづいてしまったのだろう。


食事を終えてお勘定を払うとき。
財布を出したあたるに、天羽が言った。
「いいよ。俺が払うから。」
「だって、いっつもそういうじゃない。」
「いいじゃん。気にするなよ。」
さっさと払って出ていってしまう。


「ねえ。ねえってば。いつもじゃ悪いよ。」
「別にさ、高級レストランじゃないんだから。おごってもらって文句言うなよ。」
「そういう問題じゃないでしょ。たまにはちゃんと払わせてよ。」
「あのね。俺とお前が並んでてお前に払われるんじゃ、
　明らかに俺の方が分が悪いだろ。」
多分、天羽もいつもより神経質だった。あんまりこだわらないほうなのに。
「どう見たって、お前の方がずっとガキなんだから。」
その一言が。
刺さってしまった理由はわかっていたけど。






立ち止まったあたる。
先へ進んでいた天羽が振り返る。
「どした？」
「しょうがないじゃない。」
あたるがつぶやいた。
「あ？」
「しょうがないじゃない。それは事実なんだもん。」
「は？」


「あたしがあなたよりずっと年下なのは事実よ。
　だからって、これから何をどう頑張ったって、
　あたしがあなたの年においつけるわけじゃないでしょ。」
「あたる。」
「悪いところなら直せばいいけど、がんばれることなら頑張るけど、
　こんなのどうやったってどうしたって、どうにもならないよ。
　どうしろっていうのよ！」


言ってるうちに涙が出てきた。やだ。
「ガキが嫌なら構わなきゃいいじゃない！」
クルッと向きを変えて、駆け出した。
「おい！」
その声は聞いてない。
残された天羽はため息。頭をかく。
「・・・まずったか。」


やっぱり俺も気にしてたな、さっきの彼女。昔の話なのに。
あたるにが何も聞かないから。子ども扱いして逃げたんだ。
駆けていった方向を確認して。
天羽は店に戻った。バイクのキーを取りに。






闇雲に走って。
気が付いたら防波堤。
夜一人で来るところじゃないよね。いくら夏でも。
暗くて足元が危ない。そう思いながらちょっとよじ登って座り込む。


事実なら怒っても仕方ないのに。
こういうところが子どもなんだよね。言われてもしょうがないか。
目に浮かぶのはさっきの美人。
それが映画のヒロインと重なったから、なんだか凄くめげてしまって。
やきもち妬いたんだ、あたし。ああ、情けない。


波音が聞こえる。
見上げた月は十二夜？　十三夜？
満月よりもこれくらいが好き。
これから満ちる月には、期待と夢があるようで優しい。
心が落ち着いて立ち上がった。
怒ってるだろうな。あとであやまろう。






防波堤を下りて歩き始めたところで、バイクの音が聞こえた。
あれは。
思う間もなく見慣れたカワサキが目の先で止まった。
メットをはずした顔は、やっぱり怒って見える。
ちょっとためらったあと、バイクにまたがったままの天羽に歩み寄った。


「・・・おまえね。こんな時間にこういうところ、一人で来るなよ。危ないだろ。」
「ごめん。でも、なんでここがわかったの？」
「勘。」
「あの、さっきもごめん。」
「ん？」
「・・・やきもち妬いたみたい。」
黙って見つめる天羽。瞳はサングラスの向こう。
「食事の前に会った人、・・・色っぽかったでしょ。」
「そっか？」
「ソフィア・ローレンみたいで。」
天羽の意外そうな顔。
「・・・ああ言う人が好みかなって思ったら・・その。あたしって子どもだから・・。」
つぶやいてうつむくあたる。サラッと落ちる髪が街灯を弾く。






子どもだけどな。
子どもだから素直に言ってくれる。そんな風に。
俺なら絶対言わない。白状しない。そんな悔しいこと。
絶対−。


バイクから降りた天羽は、
うつむいたままの肩を引き寄せ抱きしめた。ギュッと。
あたるが驚く。
「・・・っんと、ガキだよな。」耳元の声が笑う。
「だから、わかってるよ。」
腕の中で口をとがらせる。
「だけどさ、風船の糸、しっかり握ってられるのは・・・子どもだろ。」
「え？」
「だから。おまえでいいんだよ。」


俺みたいに。フワフワと、いいかっこして浮かんでる風船。
がむしゃらにつかまえてくれるのは。
そのまま握りしめてくれるのは。
子どもみたいにまっすぐで素直な。そういう奴。
そう。たぶん捜してたのは。
「おまえだから。」



あたるの表情がゆっくりやわらいで。
胸に顔をこすりつけるいつものクセ。
抱きしめながら揺れるのは天羽のクセで。
これから満ちる月の下。重なる影も揺れる。






あなたとあたしは風船と子ども。
つかまえて。　つかまえられて。　どっちもどっちかな。
でもいい。
「おまえだから」。
そう言ってくれる「あなただから。」






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