マネージャーになって十年。
　この仕事は要するに出逢いだというのが、那珂孝大なか　たかひろ　の信念だ。

　そこが気に入ってもいる。
　仕事だから、それだけではすまない。損得勘定は大事だし、駆け引きはいつだってある。
　それでも、不可能に思えることが叶えられるのは、出逢った人同士が意見を闘わせながらも協力する、その結果だと思う。

　芸能事務所で数人のタレントを担当した後、上京してきたばかりの甲斐に出逢った。
　最初は胡散臭い奴だと思った。イケメンだが荒々しい。ふてぶてしくて尊大な、自信過剰なだけの若者。
　だが、挨拶もそこそこにスタジオに連れて行かれ、立て続けに彼の歌を聴かされて、驚いた。

　衝撃だった。
　どんなアーティストとも違う声と曲、オリジナリティとカリスマ性。
　スターの原石を見た。
　動けなくなった那珂の前に立ち、彼は聞いた。

　『俺をは必ずてっぺんを穫る。それを早める力があんたにはあるかい』

　殴ろうか笑おうか、迷った那珂は結局、笑い出した。
　あふれる才能と最低の性格。
　国木田甲斐に会った誰もが魅入られ、巻き込まれる。

　彼の言葉はハッタリではなかった。
　二年経たないうちに、どんなに大きな会場でもチケットを完売させるアーティストへと上り詰めてみせた。
　歌の才能だけではない。媚びずへつらわず、時に純粋、時に辛辣。嘘をつかないキャラクターをファンは愛している。今回のようなスキャンダルすら、今のところは彼らしいと許されている。

　しかし油断はできない。スキャンダルはスキャンダルだ。失地回復は早いに越したことはない。なのに世間どころか自分からも雲隠れして、何の連絡もよこさない。
　那珂の忍耐は切れかけていた。

　という経緯を、喫茶店のテーブルを挟んで座っているふたりの女性にぶつけても仕方あるまい。
　マネージャーとして鍛えた眼力で、那珂はふたりを品定めした。

　まず引き寄せられたのは由良汝月だ。甲斐のいわばマドンナで、長い思慕と憧憬の相手だと知っていたから。
　美人だ。
　うねる長い髪は首のうしろで束ねられている。細面の顔にくっきりした眉。切れ長の目が伏せがちなのは性格なのか、初対面だからか。それでいて芯の強さもある。なるほど、甲斐の思い人にぴったりだ。

　もう一人は全く異なるタイプだ。地毛かパーマか知らないが、くるくるカールした髪を幅広のヘアバンドで押さえている。そんなタンポポ頭でも中身は鋭いらしい。

　林子への指摘は的を射ていた。
　長いつきあいだから、甲斐の浮気性も、林子は寛容に受け入れていると那珂は思いこんでいた。
　間違っていたようだ。おそらく林子の方が本気だった。そして限界を越えてしまったのか。
　それはさておき。

　「……披露宴、ねえ」

　たった今聞かされた話を、頭の中で反芻してみる。スキャンダルまみれで雲隠れしているというのに、同窓生の披露宴にいそいそと帰郷し、あまつさえ余興までやる気とは。

　「呆れて、物も言えない」
　「ごめんなさい」
　汝月に頭を下げられて困った。てっきり隣のタンポポが突っ込んでくると思ったのに、さっきから無言なのが不気味だ。
　汝月は懸命に説明する。
　「私たちは彼が出席してくれるだけで十分だったのに、本人がひどく乗り気で、どんどん話を進めてしまって」
　「溜まった鬱憤をここぞとばかりに晴らす気だな、あいつ」
　腕組みをして唸る。

　「甲斐が来るのは当日まで極秘にします。ドレスコードが仮面仮装舞踏会だし、表にはバレにくいと思うんですが」
　「かめん？　かそう？　ぶとうかい？　披露宴が？？」
　思い切り耳を疑った。なんだその突飛な発想。
　「披露宴と同期会を兼ねてて」
　確かに披露宴には同期会みたいな側面もあるだろうが。
　「セキュリティとか……無理か」
　「出席者だけでかなりの人になりますから」
　「何人来る予定？」
　「二百前後」
　「に、ひゃく？」
　「三百近い、かも」
　「……なんでそんなに。甲斐の出席は極秘だって」
　「新郎新婦がそもそも同期の有名人なんです。人気者だから」
　「問題はそこじゃないわよ！」

　びっくりした。
　黙りこくっていたタンポポが突然、立ち上がって怒鳴るから、那珂はもちろん汝月までぎょっとして見上げる。
　「なんで汝月が人の披露宴のために駆け回ってるの？　自分の式の準備が先でしょ？」
　「鹿乃、落ち着いて」
　「これが落ち着いていられますかっての！」
　「お、お客様、お静かに」
　いつのまにか店中の視線を集めていたようだ。
　座りはしたもののタンポポ、じゃなくて「しかの」の憤懣やるかたないという表情は変わらない。隣の汝月が小さく見える。
　毛を逆立てた猫に触るように、那珂は恐る恐る聞いた。

　「もしかして、汝月、さんも、結婚するの？」
　「そうよ！　なのにどうして人の、選りに選って彼女のために、しかも桜川と？　幹事なんかやってんのよ！」
　「成り行きなんだってば。仲間だし」
　「おかしいと思った。だからそんな青い顔して疲れ切って」
　「違うの。これは父がー」
　ちらっとこっちを見て汝月が口ごもった。込み入った話らしい。聞きたい気持ちはあったが、さすがに図々しいな。
　立ち上がりながら、汝月に頼んだ。

　「これで失礼するけど、できたら林子に、甲斐にも連絡くれるよう伝えてくれないか」
　「私もお願いします。甲斐にもう一度連絡してみてください。彼、今、大変で」
　「いまさら？」
　「違うんです。強がるかもしれないけど、あなたの助けが必要なはず」
　「……わかった。ありがとう」
　汝月の顔色は確かに良くなかった。目の下にはクマもある。
　気づかなかったとは情けない。大丈夫なんだろうか。
　レシートをさりげなく取ってレジに向かうと、後ろから「しかの」が汝月を問いただす声が聞こえた。
　「ほら、吐きなさい」
　「鹿乃」
　「全部よ」

　汝月には彼女がいる。良かったと安堵した。
　その汝月は甲斐を、林子のことも心配している。仲間として。
　出逢いは大事だ。
　那珂は改めてそう思った。





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