「好きだ」

誰だって、言われて悪い気がする言葉じゃないだろう。
好かれるのは嬉しい。光姫も例外ではない。
告白も歓迎よ。今はシングルだし。
でもね。

よりによって会社の１Ｆ玄関ホール。定時の始業２分前。ギリギリで駆け込んでくる社員が次から次の登社ラッシュまっただ中ってのに。

キャンディーの袋を手ににっこりスマイルした、一抱えもあるリボン付きのクマのプーさん差し出されたら。

……どうします？



コンクリートを流し込んだようにその場は固まっていた。どの視線も光姫とプーさんに釘付けだ。

もちろん光姫本人も固まっている。備え付けの銅像の如く。そのくせ、差し出されたプーさんには反射的に手を伸ばしていた。それをしっかり確認してクスクス笑ってる、どう見たって年下の男。

どうすりゃいいの。
どうしろっていうの。


不幸中の幸いというか、２分はさほど長い時間ではなかった。（後から考えればやっぱり不幸だったが）　鳴り響く始業ベルにコンクリートはあっさり割られる。

「う、わ、やば」
「きゃぁ、遅刻」
「走れっ」

どの顔もここに未練を残しつつ、体だけはダッシュでエレベーターホールへ突進していった。

あ然と見送っていた光姫。
気がつくとプーさんを押しつけた男も消えている。そして誰もいなくなったホール。残された光姫はようやく我に返る。

……え？　始業？　うそっ！


あわてて走り出そうとするが、手にはどでかプーさん。見上げてくる0円スマイル。
「これ、どうにかしないと……」
だからって。

どうすりゃいいの。どうしろっていうの。


またエレベーターが開く。外から流れ込んできた群れと一緒に、とりあえず駆け込んだものの。

遅刻？
このあたしが。営業トップの姫が？


うねりを上げて昇る狭い空間。
注目されるのは慣れているけど、いつもと明らかに異なる視線を必死ではね返す光姫。浮かべている笑みは多分プーさんとおそろい、なんて。
それもこれもどうしてくれよう、あの。


……いや、待て。


脳裏に焼き付いたプーさん男。
記憶のどこをどうひっくり返しても奴の顔も名前も知らないことに、いまさら光姫は思い至る。


　あんた、誰？



知っていたって。
見つめ合ったプーさんが答えるわけもなかった。





　　　　　　　　　　　＜　who are you? / end　＞