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 番外Special プロポーズ・イヴ ３
久しぶりの羽矢の部屋で、羽矢の作ってくれたカフェオレを飲み終えた美琴はほっと息を吐いた。 こんなに泣いたのは久しぶりだ。かみすぎた鼻はきっと赤い。 案の定。 「トナカイだな」 それまで何も聞かず世話をしていた羽矢が、美琴の顔をのぞきこんでクッと笑った。優しい笑みも久しぶりだ。いつになっても胸が騒ぐ。狡いなあたしばかり。 「で、どうしたんだ。お誘いも断るほど勉強に没頭してると思ってたのに。早苗さんの話じゃここんとこずっと・・・イライラだったって」 あぁ母は知ってて知らん顔してくれてたんだ。美琴はまた鼻をすする。 「美琴？」 「自分でもよくわからないの。ただ・・・不安で」 「不安？」 「追いかけられて追い詰められてるみたいな気がして。よく眠れなくて」 握った美琴の手を羽矢が弄んでいる。ぎゅっとしたり撫でたり裏に返したりさすったり。他愛ないふれあいが美琴を慰める。 「どうしてなんだろ」 「何が怖い？」 何が？ そんなのすぐには答えられない。黙っても彼はただ待っている。待ってくれてる。いつまで。あ。 「ちょっと前に・・・すごく怖い夢を見たの」 「夢？」 「夢だってわかってるんだけど」 今の今まで忘れていた不安の種。 卒論のできが良くなかった上足りてるはずの単位が足りず卒業できない。おまけに国家試験も落ちて就職も取り消しになる。 「そりゃまたそろい踏みの夢だな」 「一番怖かったのは」 そんないつまでも学生の奴、相手にしてらんない。じゃあな。 そう言って。 「琉斗さんがいなくなったこと」 目覚まし時計で飛び起きたとたん綺麗に忘れてて。そのくせいつまでも夢の残骸が胸に巣くって、消えなかった。 「怖かった」 うつむいたままで微かに震えた唇は、不意につかまれた顎ごと引き起こされる。爛々と燃える彼の眼に驚く。 「ほんと、馬鹿だね」 ５センチの距離。呟きを注ぎ込むようにして、唇は塞がれた。 幾度も繰り返す口づけはどんどん熱を帯びて激しくなる。とっくに忍び込んだ舌が舌を絡め取って吸い上げる。息を奪い取られて気が遠くなる。 途切れかける意識を囁きが引き戻す。 「やっぱ強引に逢わなきゃダメだな。勝手に夢見て不安になられちゃ俺の立場ないだろ」 「だ、・・って」 上がった息の中で言い訳を探す美琴だが、羽矢は容赦なく耳や喉元や鎖骨まで口づける。 「りゅ・・・とさ、・・んん」 「お馬鹿なトナカイは黙って食べられてろ。悪夢はあとで俺が追い払ってやるから」 「・・そ・・な、かん、たんに、・・・・ムリ・・・」 慣れた仕草で美琴をソファに沈めた羽矢は、涙目をのぞきこみながら問うた。 「俺が、おまえに、嘘ついたことあるか？」 それでもこぼれる不安を涙と一緒に舌ですくいとりながら、ゆっくりと羽矢は美琴を抱いた。久しぶりの柔らかな感触につい暴走しがちな己を始めは押さえていたが、やがて理性は本能にひきずられ忘れられていった。それはまた、美琴の望みでもあったから。 目覚めた美琴は羽矢の腕の中にいた。いつもこう。それが好き。 自分とはまるで違う。寄りかかってもびくともしない広くて固い胸。安心がここにはある。 「十二時過ぎたぜ。もうイブだ。結局一緒に過ごせたな」 低い声がからかうよう。ほおずりしようとした美琴はそこで止まった。 何気なく胸に添えた自分の左手。その薬指に光る緑色。 え。 「・・・お守りだから、返却は不可、な」 見上げた柔らかな眼。優しいまなざし。 「りゅ・・・とさん？」 「春になったら。籍入れて、一緒に暮らそう」 こんなに近くの囁きが、信じられない。 「は・・・る」 「そう春。卒業したらでも試験に合格したらでも就職したらでもないぞ」 羽矢の口調がやけに細々と説明的になる。 「来年の春、三月半ば。遅くても末」 さんがつ。美琴が繰り返す。 「返事は？」 「ほんと・・・に？」 「悪魔払いならぬ悪夢払い。おまえもどうせならあり得そうなところを不安がれよな。留年とか試験に落ちるとかのさ。俺がおまえから離れるなんて１００パーあり得ない」 言い切りながら羽矢の手が美琴の髪を梳く。 「留年、しても？ 試験に不合格でも？ 就職できなくても？」 「俺が限界なの。顔も見られないで数週間とかもう無理。３月。それ以上待たない。早苗さんにはとっくに了解もらってるし」 そこまで言い切られてやっと美琴は信じられた。これは現実。ほんとうのこと。何があっても春になったら。 「・・・美琴。返事は？」 微かに帯びる不安を聞き逃さない。返却不可なんて言ったくせに。不安はあるんだ。誰にも。誰でも。 「馬鹿は琉斗さんじゃない。断るなんて１００パーないのに」 「返事になってない。なら愛してるとか」 「はいはいはいはい」 「ハイは１回」 「・・・・・・いしてる・・」 囁きを含んだ美琴からのキスはすぐにふたりを浚った。 逢えなかった時間の分、熱は冷めることを知らず。果てては眠り目覚めるとまた抱きあって。 窓の外のホワイトクリスマスを二人が知ったのは、午後も遅くなってからだった。 それから春まで、羽矢からのエメラルドは不安に襲われがちな美琴を悪夢から守り通した。卒業し国家試験も無事終え、合間をぬって羽矢の家族にも報告がてら会いに行きすっかり気に入られて。 約束通り３月末、ふたりはめでたく入籍した。４月、国家試験の合格通知もふたりで受け取り喜び合えた。 羽矢がエンゲージリングを買ったのは、実はあのプロポーズの１年も前で。 切り出すタイミングをなかなか掴めず、草太と藍に急かされからかわれてていたなんて、美琴が知ったのは一緒に暮らし始めてからのこと。 離れない。 放さない。 果たされた約束の印は今、彼女の指に在る。 マリッジリングの隣に。 ＜ propose eve / end ＞ |
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