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 番外Special プロポーズ・イヴ １
それは、挙式の前の年のクリスマス。 「羽矢くーん。まだなの？」 「１年経っちゃうよなー」 雑誌を読んでいた羽矢は、目の前に広がる鏡をチロッと見た。カットしに来いと言われた時にやっぱり断るべきだったか。時々この夫婦と縁を切りたくなる。相手も同じかもしれない。 おなじみの美容室 「LUNA ＢＬＵＥ」。 ハサミを入れている草太は手元を見ているが、その横にいる藍としっかり眼が合った。ニカッと笑う彼女は普通に見ればイイ女なのに、今の羽矢にはうるさいオバサンだ。なんて言ったら藍はもちろん草太にぶん殴られてしまうだろう。万年春爛漫ラブラブ夫婦め。 口をひらくのも面倒で羽矢は雑誌に眼を落としてシカトしようとする。 「いつになったら渡せるのよー」 藍の声には苛立ちもある。羽矢のヤキモチのたびにフォローに走らされる身としては結構切実なのだ。 「藍、そりゃやっぱ明日のイブだろ」 切った髪を落としながら草太が宥めようとする。逆なでしたくはないが言っておかないとあとがうるさい。羽矢は下を向いたまま淡々と言う。 「イブはアウト。会えない」 「げ」 「えーなんで？」 二人してボルテージが上がった。ハサミを持った草太が怖いかも。 「勉強だよ試験勉強。卒論も」 「だってイブだろ。イブくらい」 「そうよ。羽矢くんたらちゃんと誘ったの？」 「誘わないわけないだろうが」 重低音の声が二人を押しとどめる。まずい。これはやぶ蛇だ。草太と藍は目を見合わせた。 「ここ数ヶ月、前にも増して会えてないんだぜ。会いたいに決まってるだろ。でもあいつ一杯一杯なんだよ。バイトと卒論と国家試験。俺がこれ以上要求できるか？」 堪えるような羽矢の口調にふたりはさすがに口を閉じる。 「会えなきゃ渡そうにも渡せない」 「そりゃそうよねぇ」 「おまけに」 羽矢がため息を吐く。 「ここんとこ、どうもあいつ変でさ」 「変？」 「うそ浮気？」 眼で殺せるなら藍は即死だ。羽矢のひとにらみに草太の陰に縮こまった。草太が後ろにかばいながら手で拝む。 「わりぃ。冗談だって」 「・・・そうじゃなくて。なんか情緒不安定。プレッシャーかな」 「そりゃそうよねぇ」 草太の後ろで藍が頷く。 「みこっちゃん真面目だから心配ないのに。そういう人ほど考えすぎちゃうのよ」 「就職だって決まってるのにな」 「あいつ、頑張りすぎるくせに弱音が吐けないタイプだろ。張りつめちゃって切れそうで怖い。・・・そんなじゃなかなか、渡そうにもさ」 「うーん。羽矢くんもさ、わかるけど考えすぎじゃない？」 藍の言葉におやと顔をあげた。鏡の中、藍がドライヤーの風を確かめる。 「いっこでも不安が減れば、みこっちゃんもぐっと楽になるんじゃないの？」 「不安？」 「確かに今のみこっちゃんにはいろいろ不安があるけど。羽矢くんまでその一つになる必要はないでしょ」 「どういう意味だよ」 「つまりね」 藍からドライヤーを受け取った草太がブラシを羽矢の髪にからませる。 「さっさと渡すモノ渡せってことさ。いい加減腐るぞ」 「やだー腐るの？ えー？ 考えたくないー」 「・・・どんなんだよ、それ」 爆笑する夫婦に遊ばれつつやっと微笑んだ羽矢だが焦燥感は消えない。 「LUNA ＢＬＵＥ」を出るとどんよりした曇り空が広がっていた。雪になるかも知れない。美琴が喜んだだろうに。 少し離れた商店街から割れた音で流れてくるジングルベルまで、今の羽矢には苛立ちの元だった。 |