| 「タコ同心捕物帖」 その後
壱 「木枯らし（侍と娘）」 |
||
外を木枯らしが吹いている。 その朝江戸を出た侍と娘は、ゆっくり歩を進め最初の宿に入っていた。 晩秋の日暮れはあっという間。 部屋に落ち着くとすでに外は闇。風の音しか聞こえない。 小さな宿場の小さな宿。今日はまた人が少ないようだった。 食事をとってから二人は入れ違いにお風呂をもらった。 娘が帰ってくると、侍は酒を飲んでいる。 親分の娘に世話になっているうちは、飲むこともしなかったのだが、江戸を出てホッとしたのだろうと思った。 横に座ると、お銚子を傾けてやる。意外そうな顔になる侍。 「酒のつぎ方が様になってる」 「おとっつぁんがたまに飲んだの。おっかさんが早くにいなかったから、私がお酌してあげて」 「そうか」 「静かね」 雨戸の向こうの風の音を聞く娘。 「ああ」 侍はこの静けさが気に入っている。 まだお互いをよく知らないのに、なぜか沈黙が邪魔にならない。 それが逆に落ち着くくらいだった。 無口な侍に娘が聞く。 「疲れたの？」 「いや」 「床は？ お布団どこかしら？」 「さっき仲居がのべてったよ」 侍は視線で隣の部屋を指した。 なにげにのぞいた娘は、ふたつ並べてある布団にとまどった。 江戸ではずっと親分の娘と一緒だったから。 実は抱かれたのはまだ一度だけ。あの夜だけだ。今さらためらいが出る。 侍はその様子にフッと笑った。 「どした？」 「ううん」 ためらいを見せまいとする娘を、腕を伸ばして抱き寄せる。 「後悔してるのか」 「後悔なんてしてない」 するはずもないけど。 「ほんとか？」 侍は娘のあごをとらえてのぞきこむ。笑って、そのくせ確かめるように。 「もう遅いぞ。俺はおまえを離さない」 その目を覚えている。 最初に抱いてくれた時の目。忘れない。 娘は微笑むと侍の肩に頭をもたせかけた。 「ちゃんと付いて行くから。置いて行かれないように」 囁く言葉に侍は思う。 自分で歩こうとする娘だ。歩く娘だ。 俺も歩かなきゃなるまい。それこそ置いて行かれぬように。 何が出来るだろう。なんでもいいか。 しっかり抱きしめ直す。華奢な体が愛おしい。 これからのことはまだわからない。 でも歩こう。この娘と。 口づける。 もう一度始める夜。 木枯らしが寒さを訴えるほど、余計にお互いの温もりを感じられた。 一人じゃない。 ＜ kogarashi / end ＞ |
||
| ＜Home ＜目次 | 壁紙 / BEVEL | 弐 「冬の陽」へ→ |