年明け。学期始めの教室はいつも騒々しい。
始業式のあとは一段と。
３年なら今頃、死にもの狂いか、悟りの境地か、それともすでに解放か。

生憎２年はまだまだ呑気だ。
年末年始、遊び通した成果を披露しあっている。


そのうるささもシャットダウンして。
教室の一番後ろの窓際で、いかにもだるそうに机に足を投げ出して。
俺は椅子にのけぞっている。

誰も気にしていない。触らぬ神に祟りなしだ。
それでも触れてくる奴に限って、祟りも効きそうにはない。


「鞍馬、どした？　暗いね」

ギッと椅子を起こして合わせる眼。
巴　黄由　ともえ　きよし
こいつはダチだけど、平気で猫の首に鈴をつけるタイプだ。


「そうか？　寝が足りねえだけだろ」
「冬休みはどうしてた」　

こっちの机に頬杖をつく。


「別に。部活とバイトで終わった」
「進歩ねーなぁ。そういや、又彼女と別れたって？」　

……早耳だよな。


「イブが。　面倒で」

俺の返事を聞いて巴は机に突っ伏した。笑いで背中が揺れている。
ほっとけ。マジで面倒だったんだから。


「修羅場じゃねえの？」
「怒鳴られて終わり。んなドラマチックなわけあるか」
「鞍馬、おまえわかってねぇな。人生は常に波瀾万丈だぜ？」
「はぁ？」

巴はどっかずれてる。どっかロマンチスト。
そこが面白いんだけど。


「そうそう、知ってるか？」
「知らない」

即答だ。何であろうと情報通の巴より先に、俺が知った試しはない。


「転校生来るってさ」
「へぇ？　男？」
「女」

巴の目が笑う。なるほど。
そこで聞こえた足音は担任だ。


「きりーつっ」

日直の声と共に、わらわらとクラスが立ち上がった。


「れいっ」
「おはよう。おまえら、元気にしてたか」

担任の名は木原。世界史担当の無精ひげが老けて見える先生。
体育会系で規律にうるさい。


「転校生を紹介しておく。貴船、入れ」

担任の声に開いたままだった教室の入り口から女生徒が入ってきた。
ざわめく教室。でも俺は興味ないから窓の外を見やる。


「転校生の貴船だ」

担任が名前を書いているらしい、チョークの音が響く。
きふね。変わった名前だ。
どんな字だろうと思うが、見るのもめんどい。

ざわめきはなかなか静まらない。
野郎が多いからな、ここ。


「このクラスでは残り１学期だが、３年でまた一緒の奴もいるだろう。仲良くしてやれ。とりあえず一番後ろ、窓から２列めが空いてるから」

「……よろしくお願いします」

聞こえた声は細く高く。微かだった。


言われた席に移動するらしい足音。同時にＨＲを始める木原。
トンとカバンが置かれたのは隣の机だった。
でもシカト。面倒。


「あの、よろしく」

ためらいがちにかけられた声に、仕方なくやっとふりかえる。
その顔がどっかで。　……え？　ええ？
絶句した俺。相手も言葉が浮いている。あんぐりと開いた口。


「……嘘。　"Rouge　ルージュ"の？　バーテン？　高校せ……んんっ！」


叫びかける口を手で辛うじて押さえて座らせる。
やばいまずい。
始まってるＨＲに紛れて、周りには聞こえなかったはず。

だからって、いきなり口を塞ぐのは異常だ。
前の席の巴も、向こうの席の奴らもギョッとした顔で見てる。
手を離した俺は、とりあえず言うしかなかった。


「　は・じ・め・ま・し・て。　　Baby？」

小さな声で付け加えた単語に、相手もやばいって顔になった。そうそう、不用意な発言はそっちも困るはずだろ？

……んな面倒なこと、考えなきゃならねえとは。



巴は正しい。
ほんと、人生って波瀾万丈だ。





−「はじめまして」　了