もう半年以上も前になる。
　ほろ酔いの鉄に乙女が言った。

　「やっぱりウエディングドレスにする。とびきり可愛いの。鉄ちゃん、いい？」

　ずいぶん前から乙女は「結婚式ではドレスを着たい」と言っていた。鉄は普段から着るものにこだわりがないし、結婚式となると主導権が女性にあるのは明らかだ。異議はない。だがひっかかるのは。

　「でもさぁ、神社だぜ？」


　銀と初音の結婚式の直後から、実家を建て替えるため、日高一家はこぞって近所のアパートに移っていた。銀と初音、鉄と鋼、二部屋を並びで借りたが、食事はたいてい鉄と鋼の部屋に四人集まって食べる。

　その夜もちょうどそろって食卓を囲んでいた。あたりまえのようにそこに加わった乙女が、改めて「ドレスを着る」と主張し始めたわけだ。

　式を近所の楠形くすなり　神社で挙げることだけは決まっていた。両親や銀たちと同じ。写真の父母は着物、銀と初音も白無垢に羽織袴だった。記憶にあるかぎりあそこでドレスを着ているのは見たことがない。

　そもそも神社でウエディングドレスってのはありなんだろうか。首を傾げた鉄に比べ、全く動じなかったのは父の鋼だ。

　「かまやしねえ、着物だろうがドレスだろうが式は式だ。おーちゃんの好きにやれ。良明りょうめい　が文句言ったら俺がブン殴ってやる」

　良明とは鋼の幼なじみで、神社の神主だ。
　酒が入って早くも喧嘩腰の勢いに、銀があきれ顔でいさめる。

　「神主に殴っちゃまずいだろ」
　「そうだよ、式あげてもらえなくなっちまう」
　「鉄とおーちゃんの式あげねえで、どこの式あげるってんだ？　問題ねえって」
　「親父、びみょーに親バカ？」
　「るせえぞバカ鉄」
　「はいはいお義父さん、お酒止めて、ご飯にするから」

　問答無用で一升瓶とぐい飲みを取り上げようとする初音に、鋼の声が少し情けなくなって、酒瓶に縋る。

　「はーちゃん待てよ、あと一杯。一杯だけ、な？」
　「一杯だけよ、もう」
　「はつねえはお義父さんに甘ーい」
　「おーちゃんも飲むか」
　「やったぁー」
　「……あんたにだけは言われたくないわ、乙女」

　結婚している初音はともかく、嫁入り前の乙女までとっくに嫁の風情ってのはどうなんだか。馴染んでるよなぁどっちも。女性の順応性に感嘆する鉄をよそに、機嫌のいい鋼が初音にも、ぐい飲みを差し出す。

　「はーちゃんも飲め」
　「あたしは当分禁酒です」
　「禁酒だあ？」
　「なんで？」
　「どうして」

　もともとさほど飲む方ではなかったが、わざわざ断言するので鋼も乙女も、鉄まで驚いた。銀が目をそらす。なんだ？　口元が緩んでる？　理由はすぐにわかった。

　「妊婦がお酒飲んじゃだめでしょ」

　飲んでる時は死んでも離さねえ。
　そう豪語する鋼の手から、酒瓶が倒れて転がった。





　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　next　＞＞＞